「こっち、こっち!!」
「今行くって!!」
 澄矢は、学校の校庭でサッカーボールを蹴っていた。今日は他校の生徒との
 練習試合だった。澄矢のチームは黄色のゼッケンをつけ、相手のチームは赤い
 ゼッケンをつけていた。今は黄色チームにボールが渡り、ゴールを目指してドリブルしていた。澄矢から快翔にボールが渡ると、敵チームのディフェンスが強く、
 次々とボールを奪おうとしてくる。逃げ切ろうと、股抜きしようとするが
 抜けた先に敵チームのキャプテンにボールを奪われた。
「ちくしょ!!」
 快翔が悔しがり、地面を蹴った。澄矢は快翔の背中をポンとたたいて
 励ました。
「まだまだ点数入れるのこれからだから!!」
 そう言って、すぐに澄矢はボールを奪いに行く。澄矢の気迫に負けた
 敵チームは、拍子抜けして立ち止まる。その隙を見て、仲間にパスを回し合い、
 また澄矢の元にボールが転がってきた。キーパーの待ち構えるゴール前で、
 ドリブルしながら、勢いよくシュートをした。キーパーとの心理戦は見事に勝利を勝ち取った。ホイッスルの音が響き、試合終了となった。澄矢はユニホームで額の汗を拭いた。腕を高くあげて、快翔とハイタッチした。夕方であるにも関わらず、ジリジリと太陽の熱が暑かった。広い校庭には蜃気楼が見えていた。

◇◇◇

 蛇口をひねって、頭から水をかぶった。練習試合も終わり、ほっと一息着いた頃、
 快翔は、スポーツドリンクを飲んで、ベンチに座った。
「澄矢、あのさ、俺、学校辞めようかなと思ってるんだ」
 突然の快翔からの衝撃的な発言に目を大きく見開いた。耳を疑い、カレンダーを見返して、今日は何曜日かと確認した。三日月曜日だったら、どうにか受け入れて
 いたかもしれない。 通常通りの土曜日で残念なことに現実であった。
「なんで、そんなことになったんだ?」
「進学のことで親に反対されて、何かもう全部どうでもよくなってさ。
 なんでダメなんだろうな。やりたいこと、好きなことしたいのにお金稼げないからって決めつけられて、行く大学まで限られてさ」
 もっともらしい親子関係で揉める内容だ。澄矢はそもそも大学なんていけるような
 頭をしてなかったし、快翔の気持ちがわからなかった。
 この高校に入ったのもなんとなくの気持ちで入れるところだった。
「俺は、むしろ、お前が羨ましいよ。大学いけるんだから。俺は成績なんてよくないし、勉強…嫌いだし。専門学校とか就職でもいいって思ってるし
 親からはなりたいものになれっていうけど、思いつかないんだよなぁ」
 ベンチに2人、夕日が沈むのを見つめながら、ぼんやりと過ごす。
「お前はサッカーやればいいだろ。先輩からも認められてるし、コーチからだって…」
「いやいや、スポーツ選手になるくらいのスタミナ持ち合わせてないよ、
 休みがちなんだから」
 しばし沈黙が続く。
「俺、エジプトに行きたいんだよ。ピラミッドとか、スフィンスって
 あるだろ?そう言う系の大学行きたいって言ったらさそんなの金なんて稼げないから普通のサラリーマンなれるような大学行けってさ。普通のサラリーマンになって
 こき使われてさ、自殺する人だっているのに何が楽しいだろな。ブラック企業に行くくらいなら、好きなことを研究して過ごしていた方がいいって言っても聞き入れないわけよ」
「……快翔の親は快翔に嫉妬してるかもしれないよな。自由に大学を選ぶのが
 羨ましいのかもしんねぇぞ」
 快翔は澄矢を指さした。
「それ、親も言ってた。俺なんて、好きな大学選べなかった
 んだぞって不満たらたら……。そして、本当はシステムエンジニアに
 なりたかったとか言ってるし。 親父は今じゃ、製薬会社の営業業務
 やってさ、給料は高いけど、やりたくないんだよなってブツブツぼやいている
 んだわ。親には盛大に喜ばれてここまで来たけどって言ってた」
 頬杖をついてため息をつく。話の腰を折るように澄矢は話す。
「でも、学校辞める必要はないんじゃない?」
  快翔に学校をやめてほしくない気持ちが全面に出ていた。
「……そうも思ったけど、俺の気持ちはここにはないんだよ」
「へ?」
「エジプトに留学することにした」
「マジか」
「止められないぞ」
「暴走タイプね」
「俺を止められるのはスフィンクスかピラミッドそのものだな」
「そもそも、動かないし、喋らないだろ」
「まぁな」
 快翔の笑い声が響く。何となく、澄矢の心にぽっかりと穴が開いた感覚だ。
 からすが鳴いている。 一日の終わりを告げている気がした。  
「澄矢はやり続けろよ。サッカー」
 肩を叩いて、部室に荷物を取りに行った。澄矢はしばらく、ベンチから立ち上がる
 ことができずにぼんやりサッカーボールが転がる校庭を見つめていた。これが夢だったらよかったのにと現実に向き合うのが嫌だった。スパイクシューズについた土をほろって試合に勝ったのになぜかモヤモヤした気持ちになった1日だった。