あやかしを接点に距離が縮まった二人だけど、それ以上のことをいつも伯蓮はしてくれていた。
朱璃がそれを感じているからこそ、自分が伯蓮にとって負担になっていないか不安になる。
自分は何も返す事ができない、何も持っていないただの侍女。
「それほど想われてんだから口付けの一つや二つ許してやれよ」
「な! そんなことしてない! 暖をとるためにちょっと、こう、ぎゅっとしただけ!」
「え? そうだっけ?」
誤った認識をしている三々に、顔を赤くした朱璃は慌てて訂正した。
口付けなんて恋人でもないのにするはずないのに、許してやれとはどういう意味で言っているのやら。
三々のいい加減さが窺えて、貂々に相談すればよかったと朱璃が後悔した、その時。
「わ、やべ!」
「え?」
突然、三々が羽ばたいて窓の外へと飛んで行ってしまった。
朱璃が唖然としていると同時に執務室の扉が開いて、神妙な面持ちの伯蓮が入ってくる。
急いで戻ってきたのか、鍛錬を途中で切り上げたのか。
額に汗を滲ませたままの伯蓮に、朱璃の胸が一瞬跳ねた。
「あ、おかえりなさい伯蓮様」
「っ⁉︎ ……すまない、清掃中だったか」
「いえ、もうすぐ終わりますので」
言いながら巾を用意した朱璃は、牀に腰掛けた伯蓮に手渡した。
礼と共にそれを受け取った伯蓮は、汗を拭き取りながら深呼吸をする。
朝餉の時の微笑みの絶えない伯蓮とは違い、なんだか緊張感が漂っていて。
自然と、何か力になりたいと思った朱璃はそれとなく尋ねてみた。
「何か、あったのですか?」
「……これから、豪子と会ってくる」
「胡豪子様に?」
「ああ。先ほど従者を通して連絡があった」
昨夜、宰相の豪子が陰謀を企てていることを朱璃は初めて知った。
それを阻止するため、伯蓮と貂々が各々動いていたのだが、ついに豪子との直接対決がはじまるらしい。
いずれ政権を乗っ取ろうとしている豪子を、このまま野放しにはできない伯蓮と貂々。
その事情を理解している朱璃は、両手に拳を作って応援した。