翌日、朝餉を運んでいた朱璃の目の下には、くっきりと寝不足の痕が残されていた。
 昨夜の出来事が頭から離れず、眠ろうとすればするほど鮮明に思い出される。
 蓮の香に包まれながら伯蓮に抱きしめられた時の感覚が、朝になっても取れなくて。
 だけど仕事は疎かにできないとして、何度も気を引き締め直す朱璃。

「……し、失礼いたします」

 配膳台を押しながら部屋に入った朱璃は、恐る恐る顔を上げる。
 すると、起床直後の伯蓮が眠そうな表情で椅子に座っていて、傍らには関韋が困った様子で控えていた。
 しかし朱璃の声に気がついた途端、パッと柔らかな笑顔が咲いた伯蓮。

「朱璃、おはよう」
「お、おはようございます」
「昨夜はよく眠れたか?」
「は、はい……」

 昨夜あんなことがあったあとだけれど、いつも通りの伯蓮に朱璃は少し安心した。
 が、朱璃の顔がよく眠れたようには見えなかった伯蓮が、そっと手を伸ばしてくる。
 親指でスッと優しく朱璃の目元をなぞると、心配そうに声をかけてきた。

「嘘。あまり眠れていないだろう」
「……っ⁉︎」

 見破られた上に、突然触れられたことで朱璃の心臓が一気に加速する。
 いつも通りだと思っていたけれど、いつにも増して距離の詰め方が早い。
 それだけでなく、伯蓮から注がれる視線は昨日よりも熱を帯びているようで、慣れない朱璃は戸惑うばかり。
 料理が盛られた皿を円卓に並べていく朱璃の手が、変な緊張で震えてしまう。
 そんな朝餉の準備の間、関韋は伯蓮に業務連絡をはじめた。

「尚華妃の謹慎の件は六部に周知済みです」
「ご苦労。あとは豪子からの抗議を待つのみだな」
「しかし伯蓮様に薬を盛ったにもかかわらず謹慎のみとは、少々ぬるい気もしますが」
「尚華妃は餌だ。親玉を表舞台に出させるためのな」

 その会話が耳に入ってしまった朱璃は、自分が捕らわれている間にあった出来事を初めて知る。
 そして朝餉の準備中であることを忘れ、驚いた顔を伯蓮に近づけた。