***


「……とても悲しいお話です」
「鮑泉様は最も愛する人と別れを経験し、次第に気力を失っていったと」
「そうなりますよ、鮑泉様も姚羌様もかわいそうです」

 二百年前の鮑泉の悲恋を聞いて、朱璃は悔しそうに唇を噛んでいた。
 真相はわからなくても、あまりに一方的な処罰に納得ができない。
 そんな思いが表情に現れていた。
 しかし伯蓮だけは、鮑泉のその状況がよく理解できる。

「結局、皇太子といえど政の駒、利益の駒に利用される無力な人間なのだ」
「伯蓮様……」
「だからこそ鮑泉様は、皇帝に即位できれば力を得られると思っていた」
「……それで第十代皇帝に……?」
「ああ。一年後、鮑泉様は皇帝となられた。しかし即位後の侍従の手記には……」

 突然、躊躇するような素振りをみせた伯蓮に、朱璃も首を傾げてしまう。
 きっと言いにくいことが記されていたのだろうと思っていると、伯蓮の代わりに貂々が語り出した。

「鮑泉が皇帝となったことで、宰相の娘は念願の皇后の座に就いた」

 しかし――。
 その祝いの宴の場で、ついに皇后が鮑泉に耳打ちで暴露してきた。
 あの事件は、最初から毒など盛られていなかった。
 全てが皇后の自作自演だった――と。

「え⁉︎ そんな……」

 衝撃を受けた朱璃が、珍しく憤りを覚えて瞳を潤ませる。
 貂々の話を聞いた伯蓮は、続くようにその後の鮑泉について語った。

「皇后への怒りよりも、まずは国外追放となった姚羌を呼び戻すため、鮑泉様は侍従に捜索を依頼した」
「そうですよね。濡れ衣だったと判明しましたからもう一度……」
「隣国を探し始めて一年。ようやく邑のはずれで姚羌様を見つけた侍従だったが、手記にはこう記されていた」

 その一文を脳裏に蘇らせて、胸が締め付けられる感覚に陥った伯蓮。
 初めて手記を読んだ時、十歳の伯蓮はそこまでの感情は湧かなかった。
 それは単に幼かっただけで、成長し経験を積んだ今だからこそ沸き立つ感情がここにある。