『姚羌はそんなことをする人間ではない! 何者かが陥れようとしているのです!』
『お前はあの性悪女に騙されているのだ。地位欲しさに毒を盛るとは――』
『その毒の出どころを調べてください! 真犯人は別にいます!』
『くどいぞ鮑泉。次期皇帝となるお前が冷静さを失っては国は成り立たぬ』
どの口が言っているのかと反論したかった鮑泉だが、ここはグッと言葉を飲み込んだ。
実の父とはいえ皇帝に刃向かえば処罰される。
そうなれば姚羌を救ってやれないと察し、鮑泉は耐えに耐えた。
しかし新たな重要参考人はなかなか見つからず、姚羌の疑いは晴れないまま――。
捕らえられて、二月が経ってしまった。
いつも信頼できる侍従に頼んで、牢で過ごす姚羌の様子を知らせてもらっている鮑泉。
すると、ついに姚羌は牢の中で嘔吐を繰り返したり、ぐったりする様子が増えてきたらしい。
精神的にも肉体的にも苦しい牢生活は、姚羌だけでなく鮑泉にとっても耐え難く。
恥を承知で、宰相の娘に「姚羌を許してはくれないか」と懇願した。
すると、返ってきた言葉は――。
『姚羌妃を王都柊安、いえ国外追放してくださるなら許して差し上げます』
『……後宮だけでなく国を去れというのか』
『殺されかけたわたくしは、一生会いたくありませんので』
『っ……』
今の皇帝は宰相の言いなり。
そんな独裁的宰相の娘は、それを知っていて皇太子である鮑泉に物申す。
強気な態度と駆け引き上手は、父を宰相に持つだけあって非常に用意周到で腹立たしい。
しかし、このままでは姚羌の命が危ないと知っている鮑泉は、苦渋の選択を迫られた。
貴妃の位を剥奪し、国外追放することで姚羌はこの世のどこかで生きていける。
この手で幸せにしてやれないことを悔やみながらも、今の自分では皇帝どころか宰相にも勝てない。
鮑泉は今の己の無力さを痛感しながら、姚羌との別れを覚悟した。
それから十日後。
国外追放の命が下った姚羌は、ようやく牢の外に出て間も無くその足で後宮を去る。
見送りに行けない鮑泉は、侍従に金子と文が入った小包を託し、姚羌に渡すよう頼んでいた。
そして自分の宮の最上階から、王宮の出入り門の方角を眺める。
姚羌を妃にしたことで、一連の騒動に巻き込んでしまった責任を感じつつ、これからの幸せを願っていた。
この時の鮑泉が、人知れず涙を流していたということだけは、侍従の手記には記されていない。