扉を壊してしまった書庫から退室した三人と、あやかし一匹。
 伯蓮に抱き抱えられる朱璃は、その腕の中で大人しくしつつも緊張気味な表情をしていた。
 その後ろをついて歩くのは、実は人間と話せることが判明した貂々と、今だけ人間の姿となった流。
 するとこの建物の中心に、大幕を掛けられた何かの存在に流が気づく。
 伯蓮と同じ背丈ほどの大きな物体だった。

「なんだあれ、確認してみよっと」
「え、おい流!」

 伯蓮の制止も聞かず、幕を掴んだ流は好奇心いっぱいの笑みを浮かべて、思い切り引っ張った。
 そこに突如現れたのは、仏座に佇んでいる一つの塑像。
 目鼻立ちの整った顔と表情はとても凛々しく、冕服を着用しているところを見るとおそらく皇帝。
 鮮やかに着色されていて痛みも少なく、頭には本物の冕冠が被せられていた。
 今の伯蓮にとても似ているように感じた朱璃が、顔を上げて確認しようと瞳に映す。
 すると、言葉を失い瞠目する伯蓮が歩みを止めた。

「……伯蓮様?」
「あ、すまない。少し……驚いて」
「立派な塑像ですよね。知っている方ですか?」

 何気なく朱璃が問うと、視線を落とした伯蓮は一つ瞬きをしたのち、その人物の名を口にした。

「……鄧王朝第十代皇帝、(とう)鮑泉(ほうせん)様だ」
「第十代皇帝……ということは、二百年も前の皇帝陛下⁉︎ こんなに美しいお方だったなんて」
「そうだな。私も簡易的な肖像画と記録書で読んだだけだが――」

 すると伯蓮の言葉を遮るように、今まで沈黙していた貂々が詳細を話しはじめる。

「政治に関心がなく臣下任せで、酒と女遊びにうつつを抜かしていた暗君だ」
「え、そうだったの⁉︎」
「おかげで子孫繁栄には役立ったが、後続者争いで宮中は不穏が続いた」
「でもそれは鮑泉様のせいでは……」
「政治を任せきりにしていた臣下たちは賄賂に手を出し、国の財政を危機に陥れたのだ」

 言いながら貂々は怒りと悲しみに満ちた表情で、鮑泉の塑像を睨む。
 こんなに感情を表に出す貂々を見るのは、初夜妨害以来だと感じた朱璃が少し不思議に思っていると。
 同じように考えていた伯蓮が、不意に問いかけた。

「詳しいな、貂々……」
「……暇だったから王宮の歴史書を読んでいただけだ」
「しかし、それはあくまで後世に残された王宮都合の評価だ」
「なに?」
「私が知っている鄧鮑泉という皇帝は、その侍従が残した極秘の手記から学んだもの」
「……侍従……?」

 伯蓮がまだ後宮で暮らしていた幼い頃、どこからかやってきたあやかしが咥えていた古びた手記。
 それを聞いた貂々はひどく驚愕したように、目を丸くしたまま言葉を失う。
 その詳細を知りたげな様子を察した伯蓮は、自分が知っている鮑泉という皇帝のことを語りはじめた。