翌日の早い段階で、朱璃は執務室にいた伯蓮に後宮行きの許可をもらった。
 表向きは伯蓮の侍女として、後宮の視察のためとしているが。
 実は、伯蓮が可愛がっていたあやかし“流”の捜索だとは、二人以外の誰一人として思っていない。

「それでは朱璃。よろしく頼むな」
「はい。日没までにはこちらに戻ってくるよう心がけます。ところで伯蓮様」
「ん? どうした?」
「風邪はひいていませんか?」

 突然体調を気にしてきた朱璃に、伯蓮は一瞬心臓が跳ねた。
 後ろには侍従の関韋が控えているのに、夜中に蒼山宮を抜け出したことが知られないかヒヤヒヤする。

「……し、心配ない……」
「良かったです。では行って参ります!」

 元気よく退室して行った朱璃の背中を見送って、伯蓮はふうと息を吐いた。
 今日から朱璃は、流の捜索のために毎日後宮へと足を運ぶ
 それは朝から日没まで、後宮内を順番にくまなく探してくれる予定だが。
 その間、この蒼山宮内で朱璃の姿を見かけることがないと思うと、伯蓮は寂しさを覚えた。
 すると、しんみりしていた背後に向かってポツリと関韋の質問が飛んでくる。

「風邪を引くようなことでもしたのですか?」
「っ⁉︎ ……何もしていない」
「ではなぜ朱璃殿は伯蓮様の体調を気遣われたのですか」
「鼻声にでも聞こえたのだろうな」

 狼狽えることなく鼻を啜ってみせた伯蓮は、これでもう関韋からの質問は終了したと思っていた。
 しかし、それは伯蓮が蒼山宮にやってきて七年、侍従を務める関韋を甘く見ていた証拠。

「では伯蓮様。夜中とはいえ、あまり二人きりで出かけるのは良ろしくないかと」
「っっ関……おまえっ⁉︎」
「あらぬ噂を立てられるやもしれませんので、念のためお気をつけください」

 例えば、この国の皇太子は後宮にいる妃のもとに通わず、お気に入りの侍女をそばに置いている――とか。
 夜中に二人きりで散歩に出かけるほど、皇太子は侍女を溺愛している――などなど。
 考えられる噂の一部を、淡々と口に出していく無表情の関韋。
 それは忠告なのか、冷やかしなのか。
 以前から心が読みにくい侍従に困惑してしまうが、それよりも――。

「……お気に……溺、愛……⁉︎」

 使用したことがない単語を聞いて、初めて狼狽えた伯蓮の頬は赤く耳にも達していた。
 七年そばに仕えていた関韋も、主人のそういう姿を見たことがなくて少し驚く。
 同時に、皇太子とはいえ伯蓮も年頃の青年であるということを、改めて認識した。
 だからこそ、その気持ちを大切にしていけるよう、関韋は物申す。

「その《《存在》》は、時に伯蓮様の弱点にもなります。ですから絶対に、周囲に悟られてはなりません」
「関韋……」

 伯蓮の立場を思えばこその言葉は、しっかりと本人の心に届いた。
 そして同じようなことを考えていただけに、その意味を理解するのも早く。
 今回の朱璃の後宮行きは、距離を置くちょうど良い時機だったのかもしれないと、伯蓮は納得した。