大門が閉まる時に鳴る鐘は、本日の業務を全て終え、外廷で残業をしている官吏は帰宅。
そして内廷にいる者は、みな就寝せよという合図でもある。
伯蓮はいつものように、膝の上に乗る星を撫でながら、私室の窓から夜空を眺めていた。
秋も終わりに近づいており、夜風が冷たくて頭が冴える。
「流が行方不明になって、もうすぐ一月になってしまうな」
「ミャウ……」
「しかし今は朱璃が探し回ってくれているから……」
言いながら星に視線を落とすと、入眠寸前の吐息を立てていた。
そんな可愛らしい姿に微笑みを漏らすも、伯蓮はすぐに深刻な表情になった。
夕餉時の朱璃の様子を、未だに引きずっているらしい。
(あれは、何かを待ち侘びているような顔だった……?)
伯蓮には目もくれず淡々と仕事をこなす朱璃の姿は、侍女としては正解だ。
しかし朱璃が以前表現した“あやかし好きの仲間”としては、他人行儀に感じてしまった伯蓮。
あやかしを通して、徐々に仲が深まっていたと思った矢先に、遠ざかっていくような不安に駆られて初めての胸騒ぎを覚える。
これは一体なんという気持ちなのか、見当もつかない。
ただ、伯蓮の中で朱璃の存在が、他の侍女と同列ではないことは自覚していた。
それがあやかし好きの仲間という表現でしっくりくるのかと問われれば、それはそれで首を傾げそうになるのだが――。
その時、伯蓮が何かに気がついて窓際へ身を乗り出した。
「ん? あれは……?」
外を確認すると、暗闇が広がる蒼山宮の敷地内をコソコソと歩く人影を発見する。
その者が灯籠を横切った時、朱璃の顔が浮かび上がった。
(……っ⁉︎ こんな夜中に、一人でどこに行こうとしている?)
周囲を気にしている様子から、誰かに見られては困るのだと勘づいた伯蓮。
蒼山宮の三階から見られているなんて考えもしない朱璃は、そのまま庭園の方へと消えていった。
見られて困るのなら、放っておくのが朱璃のため。
そう思う一方で、何か困ったことに巻き込まれているのでは?と心配になる。
「……うーん」
少し考えた伯蓮は、眠った星を架子牀まで運び衾の上に優しく置く。
そして自ら褐返色の外套を羽織り、静かに寝室を出ていった。