しかし伯蓮は知っている。
 自身の父でもある現皇帝が即位する前、豪子は今回と同じように胡一族の娘を妃に勧め、皇帝はそれを受け入れた。
 ただ、現皇帝と胡一族の妃の間に子はできず、豪子の目論みは果たせず終わり、諦めたかに思えていたが。
 今度はその息子である伯蓮に、自身の娘尚華を妃としてあてがった。
 豪子はまだ諦めていない――そう感じた伯蓮は、今最も警戒すべき男と対峙している。

「ところでそんな“好み”に厳しい伯蓮様の心を射止めた下女を、一目見てみたいものですな」
「……誤解をしているようだが、そういうことではない」
「おや、そうでしょうか?」

 詮索するような疑いの目を向けられて、伯蓮も眉根を寄せた。
 ここでしっかりと宣言しなければ、朱璃に迷惑がかかってしまうかもしれない。
 豪子があの手この手で朱璃に近づくこと。それを一番に恐れた伯蓮は、気丈な態度で説明した。

「仮に私が心を射止められていたのなら、侍女ではなく妃として後宮入りさせるはず」
「……それもそうですね」
「ちょうど宮の侍女が里帰りを希望していたから、代わりとなる人物を探していただけだ」
「そうでしたか……よく、わかりました」

 話を聞いていた豪子の口の動きが、ようやく鈍る。
 これで変な疑いはかけられなくて済みそうだと安堵する伯蓮だが、少しだけ胸の奥に負荷がかかったように感じた。
 それは、たとえば致し方なく嘘をついた時の、心痛のようなもので。
 伯蓮自身も、なぜそう感じたのかは不明だった。

「伯蓮様、そろそろ……」
「ああ、わかった」

 侍従の関韋が退室を促し、伯蓮は席を立つ。
 とりあえず豪子への説明責任は果たしたと判断して、今日一番の苦痛だと思っていた仕事を終えようとしていた。
 そんな伯蓮の背中に、豪子は頭を下げて最後の言葉を伝える。

「皇太子様。尚華のこと、何卒よろしくお願いいたします」

 それに対して、明確な返答が今はできない伯蓮は、静かに退室して扉を閉めた。