翌日、外廷に足を運んだ伯蓮は、宰相の胡豪子と面会していた。
宰相とは、皇帝陛下を補佐して政治を行う、国の中では皇帝の次に偉い官職。
現皇帝と先代に連続で仕えた、由緒正しい胡一族の人間だ。
しかし近年は、随分と金を持っているのか、豪子の執務室には異国製の品が多く飾られ、また官吏たちに羽振が良いという噂も絶えない。
昨年よりも肥えた体と、襟元まで伸びた顎髭が位の高さを主張しているようで、伯蓮の中では要注意人物と認識していた。
「皇太子様。お忙しい中わざわざ訪ねてきてくださりありがとうございます」
従者を通して催促してきたくせに、白々しく伯蓮を招き入れる笑顔の豪子。
ここまできてしまうと、侍従の関韋を傍に置いていても逃げ場はない。
豪子が次期皇帝と噂される伯蓮と会う理由、それは――。
もちろん、娘の尚華との初夜を突然見送ったことへの説明。
それを妨害した下女を、蒼山宮の侍女に抜擢したことを問うため。
そして最も恐ろしいのは、本人の胸奥に隠された、もっともっと先の未来に待ち構える個人的な野心のためでもあった。
「伯蓮様。娘は酷く傷ついておられました」
「すまなかった。また日を改めて……」
「伯蓮様に日取り決めを任せていたら、いつまで経ってもお子はできませぬぞ」
「それはどういう……」
机を間に挟み、二人に不穏な空気が流れる。
ただ、伯蓮は豪子の思惑をわかっていた。
政に関心がなく臣下に任せてばかりで、今は体調が思わしくない皇帝陛下と宰相の間で勝手に話を進めて決定した、伯蓮と尚華の婚姻。
もしも二人の間に子どもができて、それが男子であったなら……。
やがて伯蓮はこの国の皇帝となり、尚華は皇后となるだろう。
そして子は将来、胡家の血を引く皇帝として玉座につく可能性がある。
その礎として、伯蓮は利用されているに過ぎない。
胡豪子の胸に秘めた野心と策略を先読みして、伯蓮は全ての言葉を疑っていた。
「私にも“好み”はありますので。子は難しいかと」
「ははは、国一美しいといわれる尚華でも足らぬとは、伯蓮様も現皇帝に同じくおなごの好みが難しいお人ですな」
豪子は高らかに声をあげていたが、その目は笑っていなかった。