「だから、今後も私のそばにいてほしい……」
「は、伯蓮様……」
「朱璃が後宮に戻ってしまうと、また会えなくなるではないか」
「〜〜っ……」
腕を握られたまま、近距離で懇願される朱璃は居た堪れない思いでいっぱいだった。
相手は皇太子で、その伯蓮が無自覚でそのようなことを口にしているのは理解していたけれど、
誤解を招きかねない今の台詞に、朱璃は真に受けないよう必死に耐える。
(これは愛の告白ではない、これは愛の告白では……!)
高貴な方の甘い言葉をいちいち本気で受け取っていたら身がもたない。
今この瞬間にそう感じた朱璃は、また一つ王宮での心得を学んで笑顔を咲かせた。
「わわわかりました! 伯蓮様がそこまでおっしゃるのでしたら侍女として――」
「本当か?」
「そして、あやかし好きの仲間としてこれからもよろしくお願いいたします!」
威勢の良い朱璃の返事は、確かに伯蓮が望んでいた関係に近い。
しかし、仲間という言葉になぜか心の底から納得できていない理由を、今の伯蓮は気付けずにいた。
ただ、これで朱璃はこのまま蒼山宮の侍女として働いてくれる。それだけで今は良しとしよう――と。
「感謝する。ところで、その手に持っている紙切れはなんだ?」
「あ、これは星を参考にして私が描いた、流です!」
ようやく腕を離してもらえた朱璃は、自信満々な様子で流の姿絵を見せる。
しかし、そこに描かれていたのはあやかしの流ではなく、線が醜く震え均整の取れていない不快で気持ちの悪い化け物だった。
「…………これが、流……だと?」
「はい! これを他のあやかしにも見てもらって、同じ姿形の“流”を探せないかと」
流に会ったことがない朱璃は、星の色違いという認識のもとで、星を参考に流を描いた。
しかし伯蓮は、悪いと思いつつもこの姿絵では流の捜索は難航すると感じてしまう。
同時に、自信満々に絵をかざして明るく健気に振る舞う朱璃に対し、おかしさも込み上げてきて笑い声を漏らした。
「ふっ……よしわかった。私が流を描いてやろう」
「え⁉︎ 伯蓮様が?」
「朱璃の絵では違うあやかしが見つかってしまいそうだからな」
「なっ! それは一体、どういう意味でしょうか……」
「んー、どういう意味だろうな」
含み笑いのまま朱璃の顔を覗き込んだ伯蓮は、なんだかとても楽しそうな雰囲気を纏っている。
朱璃は冷静な心でもう一度、自分が描いた絵を確認してみると、あまりにおぞましい仕上がりだったことに遅れて気づいた。
そして――。
「ぶはっ、なんですかこれ! 化け物!」
「まさか私を笑わせようとしてそのように描いたのか?」
「ち、違いますよ! 私の精一杯の画力による産物です……!」
つられて笑い声を吹き出してしまった朱璃もまた、この時だけは伯蓮が皇太子であることを忘れるほどに楽しい気分を味わうことができた。