「……私、やっぱり後宮に戻りますね」
「え……?」
「私が原因で伯蓮様が責められるのは、嫌ですし」
「いや、しかし――」
「それに流の捜索は、後宮下女として働きながらでもできますから!」

 自分が皇太子の侍女に抜擢されたのは、あやかしが視えて流の捜索を頼めるから。
 だけどあやかし捜索係は、何も侍女でなくてはいけないわけではない。

「後宮でもちゃんと捜索係として仕事はしますから、安心してください」
「ッ……」

 そう伝えた以上は、今夜にでも早急に蒼山宮を出ていかないと――。
 昨夜したばかりの荷造りをもう一度することになった朱璃が、退室しようと伯蓮の前を通り過ぎた。
 瞬間、パシリと腕を掴まれて振り向くと、俯いたままの伯蓮が小声で話しはじめる。

「それだけではない、朱璃……」
「え?」
「お前を侍女にしたのは、捜索係のことだけが理由ではないと、言っている……」

 伯蓮の表情までは見えない朱璃だが、いつもと様子が違うことだけはわかっていた。
 そして、よく見ると耳元がほんのり赤く色づいていて、何故だろうと首を傾げる。

「私は今まで、あやかしが視えることを他の者に話したことがない」
「……わ、私も、両親以外に話したことありません」
「ならば私の気持ちがわかるだろう。誰かと共有できる喜びが、感動が……」

 そうして見上げてくる伯蓮は、今にも泣いてしまいそうな切なげな表情をしていた。
 思わず心臓が跳ねた朱璃は、その後大きな鼓動と共に引き続き伯蓮の話に耳を傾ける。

「皇太子として色んな制約がまとわりつく中、あやかしだけが私を対等に扱ってくれた。そして私と同じようにあやかしが視える朱璃に出会った」
「……伯蓮様……」
「その時、やっと私をわかってもらえる人間を見つけたような気がして、初めて自分の意志で朱璃を侍女に迎えたのだ」

 そんな朱璃に、大事な星を紹介した昨夜、その思いはより強いものと変化する。
 あやかしを恐れず、優しく触れて愛でる姿は、自分の心に近いものを感じた伯蓮。
 朱璃にだけはこの気持ちを理解してもらえるという、初めての感情が溢れた。