「失礼しまー……す」

 二階の執務室から三階の私室前に移動した朱璃は、そっと扉を開けて恐る恐る室内を覗き込む。
 そこには、執務室とはまた違う雰囲気が漂っていて、派手な色があまり使われていない素朴な部屋が視界に映った。
 まさに、皇太子の好みが反映された心安まる空間。

「確かに、伯蓮様は派手な色好きって感じじゃなさそうだもんなぁ」

 皇太子という身分に変わりはないけれど、偉そうな態度もせず高飛車な印象でもない。
 いずれ皇帝陛下となられる方と思うと、臣下からはもう少し威厳や貫禄を求められそうだけど、
 朱璃にとっては、それこそが伯蓮の魅力の一つでもあると思っていた。

「星〜、星ちゃんいますか〜?」
 
 昨夜対面したばかりのあやかしの名を呼びながら、奥へと進む。
 燭台に火は灯っているものの、やはり伯蓮の気配はなくシンと静まり返っていた。
 手前の机には薫炉や筆が確認でき、最奥に設置された架子牀には透き通った帳が周りを囲う。
 その手前で足を止めた朱璃は、そっと帳に触れて中を覗いた。
 すると、ふかふかの衾の上で丸くなっている、綺麗な東雲色の星を見つける。

「か、可愛い……!」

 思わず心の声を漏らしてしまうと、それに反応して星が顔を上げた。
 そして朱璃の姿に驚くことなく「ミャウ」と鳴いて返事をしてくれる。
 姿形だけでなく、鳴き声や反応も可愛らしい星に対して、朱璃はますます瞳を輝かせた。

「ハッ! 目的を忘れるところだったわ!」

 星の魅力にメロメロにされている中、急に我に返る朱璃が近くにあった筆と紙を拝借する。
 そして大人しい星の特徴を捉えながら、素早く筆を進めた。
 短時間の滞在を心がけながら、星の絵がもうすぐ完成しそうな時。
 廊下から会話のようなものが聞こえてきて、朱璃の筆が止まる。

(え⁉︎ まさか伯蓮様が戻ってきた⁉︎)

 許可はもらっているものの、実際に鉢合わせするのは気まずいと思った朱璃。
 しかし身を隠すほどの悪事を働いていたわけでもなく、外の様子を窺っていた。