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日没間際、蒼山宮に戻っていた朱璃は伯蓮不在の執務室の拭き掃除をしていた。
皇太子直々に推薦された手前、侍女として真面目に仕事をこなしたいという気持ちが、執務室をピカピカに磨いていく。
その時、窓の外に藍色の鳩が羽を休めにやってきて、朱璃が反射的に視線を向けた。
明らかにただの鳩ではなく、頭に三本のツノが生えたあやかしで、初めて見る品種。
迷うことなく窓を開けて、明るく元気に親しみを込めて話しかける。
「やっほー」
「ピギャアアアア⁉︎」
「あ、ごめんね驚かせたかったわけじゃなくて」
「な、なんだお前、俺が視えるのか⁉︎」
後宮にいる貂々とは違い、人間と会話ができるあやかしということがわかって、朱璃は少しワクワクした。
そして会話ができるなら教えて欲しいことがあるから、自己紹介をして仲良くなる作戦を取る。
「私、朱璃っていいます。あなたは?」
「は? 名前なんてねーよ」
「そう、じゃあ三々って呼んでもいい?」
「なんで⁉︎」
「ツノが三本だから。ちょっと聞きたいことがあるの」
鳩のあやかしは強制的に三々と呼ばれることになり、反論する間も与えられず朱璃からあることを尋ねられた。
「姿が猫、耳が兎で空色のあやかしを見かけたことない?」
「んーないな。絵はないのか?」
「絵? 絵……そうか!」
今後、あやかしへの聞き込みの際に、流の絵があれば外見の特徴をもっと鮮明に理解してもらえる。
三々の一言で良い閃きを得た朱璃は、不意に昨夜交わした伯蓮との会話を思い出した。
『星は常に私室で過ごしている。だから、何か聞きたいことがあればいつでも来て良いし、自由にして構わない』
『え、伯蓮様のお部屋に私なんかが勝手に入って良いのですか⁉︎』
『ああ。私も忙しくて不在が長く、流もいないから星が寂しい思いをしていると思うのだ』
だから朱璃の仕事の合間、星の相手をしてくれるとありがたい。と伯蓮は言っていた。
星の姿を参考に、流の絵を用意しようと決めた朱璃は、三々に礼を伝える。
「ありがとう! 三々のおかげでまた一歩、流に近づいた気がする!」
「流って誰だよ!」
「またここに遊びに来てね。今後、三々にもお願いしたいこと増えるから!」
言いながら執務室を出ていった朱璃に、三々は唖然とした様子で固まっていた。
そして「今日から俺は、三々なのか……」と自分に名前がついたことを、少しだけ嬉しく思う。