しかし結局、伯蓮は初夜を妨害した下女の朱璃を連れたまま、後宮を去ってしまった。
尚華にとって初めて味わう屈辱である。
「あの下女のせいで、やっと迎えた初夜が見送りになったのよ……」
「はい尚華様。すぐに次回の日取りを――」
「そういう問題ではないのよ! そもそも伯蓮様は……わたくしに興味がないの!」
入内して一月が過ぎ、伯蓮が尚華のもとに訪れたのはたったの三回。
後宮入りしてすぐの挨拶、一週間前の茶会、そして昨夜のみだった。
「美しさでは誰よりも勝っているのに、どうして伯蓮様はわたくしの宮を通ってくれない⁉︎」
「きっと公務でお忙しいのかと……尚華様が気に病むことはございません」
尚華のことをよく理解しているような初老の侍女が、妃の肩を支えて慰める。
しかしそれだけでは怒りがおさまらず、更に不満をぶちまけた。
「わたくしは一族のためにも、必ず皇后にならなくてはいけないのよ……!」
見えない重圧と焦燥から、険しい表情を浮かべ拳を握りしめる尚華。
その姿はもはや美しい妃からはかけ離れた、獣のような鋭い目をしていた。
「絶対許さないわ、あの下女……」
憎しみを込めて呟く尚華は、朱璃の顔を思い浮かべて脳裏に焼き付ける。
初夜だった昨日は尚華にとって、なかなか掴めない伯蓮の心と体を己の美貌で惑わす絶好の好機であっただけに、
それを台無しにされた恨みは、消えるどころか仕返ししないとおさまらない。
「いい? あの下女を見つけたらすぐわたくしに報告なさい」
「かしこまりました」
「伯蓮様が処罰しないのなら、わたくし自ら執行してやるわ……」
恐ろしいことを口にした尚華は、ふん!と踵を返し、その後ろを初老の侍女らがついていく。
ようやく静かになった、とあくびをする貂々だったが。
「……っ」
また一つ、気苦労が増えてしまったかというような、深いため息も漏らしていた。