「ギャウゥゥ!」
「あ! 貂々⁉︎」

 突然、茂みに隠れていたあやかしの貂々が威嚇の鳴き声を叫びながら飛び出してきて、扉が閉まるわずかな隙間を滑り部屋の中に侵入した。
 それを目撃できたのは朱璃だけで、咄嗟に呼び止めたけれど間に合わず。
 反射的に扉を再度開けた朱璃は、部屋の中に向けて片腕を目一杯伸ばし、貂々の長くもふもふした尻尾を掴むことに成功する。

「っ捕まえ、……た…………⁉︎」

 捕獲することだけに夢中だった朱璃は今、自分が何をしでかしたのかすぐに理解した。
 滑り込んだ体は、甘い香の匂いが立ち込める部屋に横たわり、恐る恐る顔を上げると目の前には呆然とする伯蓮。
 そして、その体にピッタリと抱きついていた尚華が、驚愕の表情で見下ろしていた。
 扉の前には騒ぎを聞いた宦官らが集まってきたが、部屋への立ち入りを躊躇している。
 幸い二人はまだ衣を纏っていたし、直接的ないかがわしい場面でなかったことに朱璃はホッとした。
 しかし、己の体がこれから初夜を迎えようとしている神聖な部屋に侵入したことは、紛れもなく現実。
 先日よりももっと重大な妨害を犯してしまったと、後悔したところで後の祭り。

「ああああんた! 一体どういうつもり⁉︎」
「す、すみません! この子が急に……」

 言いながら貂々に視線を向けるも、尚華にあやかしの姿はもちろん視えていない。
 ふざけていると思われた朱璃は、初夜を妨害された妃の怒りをますます買ってしまう。

「やっと伯蓮様と結ばれるという時に、雰囲気ぶち壊しよ!」
「す、すぐに退散いたしま――」
「誰か! 今すぐこの女を肉刑にして!」
「……え⁉︎」

 肉刑とは身体の一部を切断するという、死刑の次に重い刑罰。
 主に足や鼻がその対象だが、入れ墨も含まれている。
 いずれにしても、大事な身体を深く傷つけられることには変わりなく、鞭打ちよりも深刻だ。
 すると尻尾を捕まれていた貂々が尚華を威嚇して、更に鳴き声を上げた。
 いつもと様子が違い攻撃的な貂々に、朱璃も戸惑いを隠せない。