「……また告白できなかった」


家を出てしばらく経ってから、そんなことを言ってくれた。


「笑いごとじゃないのに。でも、ありがと」

「私の台詞だよ。本当は、自分で言い返してこてんぱんにしてやりかったのに」

「こてんぱんって。実際あんまり聞かないよね」


行き先がどことも知らず歩いていたんだと、少し後ろで立ち止まった優冬くんを見て思う。


「でも、俺の為には言い返してくれた。めぐは、ずっとそうだったよね」

「そうかな」


そういえば、春来は昔からあんなところがあった。
無意識なのか意図的になのかは分からないけど、優冬くんを下に見る酷い癖。
今になって嫌悪感が湧くのは狡いし、そんな春来を好きになった私を、どうして優冬くんは好きになってくれたんだろう。

――どうして、私は春来を好きになってしまったんだろう。


「そうだよ。……めぐは、ずっと優しい」


春来の姿が見えなくなって怒りが引いてしまうと、自己嫌悪に呑まれてしまいそうな私に、優冬くんこそ「励ましてないから」って笑ってくれてる。


「それで、俺は救われたから。尊敬なんてしたことなくても、大嫌いとすら思えなくても。そんな春来の隣にめぐがいたから、まだ兄貴って呼べてた」


性格の不一致は、それだけでは不仲の原因にはならない。
上手くいってないのは二人の性格が違いすぎるからなんて、安直に納得していた私が知ろうともしてなかっただけ。


「ちなみに、今は大嫌い。ごめんね。俺らのせいで、ゴタゴタして」

「優冬くんのせいじゃないよ」


寧ろ、付き合わせてるのは私。
でも、「私たちのせいでごめん」は、優冬くんを傷つけそうで相応しくない気がした。


「あの……さ。今、どこにいるの? 実家には帰ってないんだよね」


立ち止まった理由にハッとして彼を見ると誤解したのか、重く、でもごまかすことなく続けてくれた。


「母さんと春来で謝罪に行った時、いなかったって。一度でもあいつのとこ戻ってたら、あんなふうに乗り込んで来ないだろうし……そもそも、めぐはそんなことしないと思うから」

「ん……今は友達のとこにいて。部屋、探してるところ」


距離的に職場からも不便なこともある。
でも実際は、実家に戻って気まずい雰囲気になりたくなかっただけだ。


「……そっか。なら……さ。俺のところに来ない? 」

「えっ……? 」


さり気なく誘導して、向かってくれてもよかったんだと思う。
それくらいには私はショックを受けていて、思考能力が低下していた。


「友達のとこだと、多少なりとも罪悪感あったりしない? 俺のとこだったらそもそも俺のせいだから気にすることないし、何よりきっとずっと広いよ」


なのに、わざわざ立ち止まって選ばせてくれる優冬くんは優しくて不器用だ。


「気を遣わないでって言っても、遣うだろうけど。広いと自分の空間もあるし、楽じゃないかな」


謙遜しないのも彼らしかった。
友達がどうということじゃなく、世間一般的な感覚から言って優冬くんの家は段違いに広くて大きい。
良い悪いじゃなくて、ただそれだけを伝えてくれてるんだと思う。


「めぐの気持ちがないのに、襲ったりしない。傷を狙って、その場で流したりもしたくない。だから、行こう? 」


確かに、友達には申し訳なくて居たたまれなくなってきた頃だ。
何も聞かないでくれるからこそ説明したくなったし、話せば泣かずにはいられなくて、付き合わせるのも悪くて。


「……うん」


(……どうかしてる)


でも、今はどこか居場所が欲しい。
信用できて、怖くなくて、戦闘モードにならなくて済むところ。
それが優冬くんの側だと判断していいと、完全に思えたわけじゃないけど。


「ありがと。でも、これだけは言っとかないと」


――好きだよ。


「めぐの気持ちを待たずに進んだりはしないけど。気持ちが向くように努力はする。全力で」


「俺が全力で頑張るとこ、見たことないでしょ。めちゃくちゃレアだよ」そんな冗談に、今度は上手く笑えなかった。


(さっきみたいに、厳戒態勢ではないけど……)


――絶対、緊張とドキドキはしそう。