「……あ、あの優冬く……」


「好き」すら省いた告白は、この局面だと寧ろ直球に愛を囁かれた気がした。
何て返事をしたらいいのか分からなくて、でも何も言わずにもいられくて、つい名前を呼んだ瞬間。


「萌……!! 」


どこで聞きつけたのか、春来が乗り込んできた。


「お前、正気か!? 俺と別れて、優冬なんかと結婚なんて……」

「ちょっと春来……」


おばさんが止めるのも聞かず部屋に入ってきて、その言い草はない。
何が原因でこうなってるのか、もう忘れたっていうの。


「……ごめん、動揺して……。でも、本気じゃないよな。今は傷ついてるから、正常な判断ができなくなってるだけ」


思いきり顔に出てたのか、急にトーンダウンして優しく言ったってもう遅い。


「確かに傷ついたけど、春来のせいなんかで馬鹿にはならない。正気」


二人だけじゃない、優冬くんやおばさんがいるんだって抑えようとしたけど、ムカムカした勢いで立ち上がってた。


「優冬くんにそんな言い方する権利、春来にないでしょ」

「……悪かったよ。でも、それも普通だろ。よりにもよって、彼女が弟となんて。どう吹き込まれたのか知らないけど、落ち着いて……」

「かっ……!? 」


――彼女。

まだ、私をそんなふうに呼ぶの。
ものすごく譲歩して、「悪かった」って謝った気になったうえに、私は春来にとって一体どれだけお手軽な存在だったのか。


「めぐ」


人間、あまりに怒り狂うと声にもならない。
もう場所なんて気にせず怒鳴りたいのに、叫びたい時になって何も出てはくれなかった。 


「……いい? 」


「何を」なのかは言われなかったのに、尋ねられて頷いたのは。


「……元、だろ」

「……は? 」

「元・彼女。何の権限で、自分が傷つけた人に怒鳴ってんの? っていうか、やめてくれない」


隣に来て、間に入って。


「めぐに怒鳴るのも。何事もなかったように、お前とか呼んで話しかけるのも。……気安く触んのも」

「何でお前にそんなこと……っ」


そっと触れるふりして掴まれた腕を、振り払ってほしいって合図。


「“今”、“現”俺の婚約者だから、言う。……離せ」


優冬くんが春来にそんな言い方するのは、初めてだったのかもしれない。
静かだけどきっぱりした強い口調も、何の迷いもないストレートな言葉も。
呆気に取られて緩んだ腕を簡単に払うと、私に触れていたその箇所をそっと撫でた。


「いこ。……大丈夫? 」

「う、ん。……平気」


私ももちろん驚いたけど、そこでどもるわけにはいかない。

大丈夫。私は平気。

本当は、一人で立ち向かわなくちゃいけなかったのに助けてもらったんだから。
だから、しっかり前を向いて。俯かないで。


「どんだけ鼻が利くんだか知らないけど、うろちょろしないでくれる。俺は慣れてるけど、めぐは春来のそういうとこ見るの慣れてないんだから。隠してたんなら、最後まで隠せば」


(……そういえば、怒鳴られたりはなかったな)


喧嘩くらいはたくさんしたけど、あんなふざけた内容をあんなに怖い顔と声で表現されたことはなかった。
でも、そんなことより。


(春来、か……)


――兄さんって優冬くんが呼んだの、いつが最後だっただろう。