――それが、一体どうしてこんなことになるのか。


「萌ちゃん……! 来てくれてありがとう!! さすがに諦めてたんだけど……」

「…………ですよね」


春来からの着信に根負けして電話に出ると、架けてきたのは彼のお母さんの方だった。


『一生のお願い……! 一回でいいから、うちに来てくれない? 春来と会うのが嫌なら、顔出させないから……! おばさんとお茶すると思って、どうか……ねっ!! 』

『……えっと、でも……別れたのに元彼のお母さんと会うって、意味が分からないといいますか……』

『春来じゃなくて、えーと、女子会! そう、女子会をしましょう。うん、それがいいわ』

『いえ、あの、だから……』


途中、スマホを献上した春来の声と「あんたは黙ってて! 浮気男に口なしだからね! 」というおばさんの声が幾度となく混じり、私のごくごく当然な意見は掻き消されてしまい。


(……なんで、来ちゃったかな、私……)


元彼のお母さんの「一生のお願い」を聞いてるって、冷静に考えなくても馬鹿だ。
春来のお母さんは生まれながらのお嬢様で、ちょっと世間知らずだったり、私から見ても可愛いと思うような人で。
何だか分からないけど「ま、いいか」と思わせるのが上手。
今回もそんな感じがしたのはもちろん、幼馴染みというのはこういう時にも厄介だ。
相手の家族のことも昔から知ってて、それなりに情がある。
自分の親が不在の時にお世話になった記憶もあるし、無下にはできない。
春来の浮気でおばさんを責めるなんて、あり得ないことだし。


「萌ちゃんの好きなケーキ、買っちゃった。お茶淹れるわね。あ、この前美味しいって言ってくれたカシスのお茶、まだあったかなー」

「……あ、あのう……。おばさんおじさんにお世話になったことは、重々承知しているのですが。私、やっぱり……浮気されたのに許して結婚なんてするつもりないです。というか、その相手と結婚するなりすればいいのでは」

「えー、そんなのダメよ。略奪を目論むような女に、この家の敷居は跨がせません。まあ、一番悪いのは春来だからね。どうやって二人を懲らしめようか考えるのが、今一番の楽しみよ。おかげで、しばらくボケなくて済みそう」


(……ご愁傷様)


おばさんは世間知らずではあっても、無知じゃない。
おじさんとの結婚もいろいろとあったみたいだし、生きていれば強くも黒くもなっていて当たり前だ。


「それに、春来を許してーなんて言うつもりないわ。許しちゃダメよ、あんなの」

「え? 」


じゃあ、どうして呼ばれたんだろう。
というか、この前から「どうして」ばっかり頭に浮かんでる気がする。
お金もちの家庭は、一般家庭で生まれ育った私には思考が謎すぎる。


「でも……ごめんなさい。旦那の仕事関係でも、既に萌ちゃんのことは知れ渡ってて。あの人、嬉しすぎてすぐ言いふらしちゃったのよね」

「それは……その、何とかしていただくしか……。春来に説明させるとか」


その場しのぎの「申し訳ないけど」は飲み込んだ。
私が申し訳なく思う理由はないはず。
大変だとは思うけど、家族でどうにかしてもらうしかない。


「それでね、いいこと思いついたんだけど。あ、遠慮しないで食べてね。賄賂じゃないから」


おしゃれなティーポットとカップ、高級なお味としか私には表現できないくらい美味しいケーキ。
ふかふかのソファに座ると気が抜けてしまいそうで、せっかくの座り心地が台無しになるくらい緊張してる私におばさんは笑顔で言い放った。


「春来との結婚も婚約もなし。で、ね。その代わり……」


――弟の優冬(ゆうと)はどう? おすすめ!!