「あ、見て。梨木(なしき)陽菜(ひな)だ。廊下のとこ」

 じめっとした空気がまとわりつく、六月の昼休みの終わり間際。

 自分の席で次の授業の準備を一足先にしていると、後ろからトーンを落とした冷たい声が聞こえてきた。

 どきりと心臓がいやな音を立てる。

 見たくもないのに呼ばれたその名前に反応して、思わずその子がいるであろう廊下の方を見てしまう。

 そこには教室のドアのところからひょこっと顔を覗かせた、一個下の見知ったかわいい女の子がいた。

 誰かを探すかのように、きょろきょろと視線をさ迷わせている。

 ……陽菜ちゃん、また来たんだ。

 一年生が二年生の教室に来るなんて、かなり目立つのに……。

 誰かを探しているような、なんて言ったけど、正真正銘誰かを探しているんだ。

 それが誰かなんて、言うまでもないけれど……。

 二年生になってから、もう何回この光景を見たのかな。

 きっと両手の指を使っても、足りないくらいだ。

 わたしは周りに気付かれないように、ひとつだけ小さくため息を吐いた。

 いまのわたし、いったいどんな顔をしているだろう。

 変な顔をしていないといいけど。

 ふつうにしなきゃ、ふつうにしなきゃ……。

 心の中で何度も呪文のように唱え続けた。