「ねえ、結衣」

「ん?なあに?」

誰もいない校庭の片隅。
ベンチに座って私達は静かに話をする。

「卒業アルバム見てたら、1年生の時の結衣の写真を見つけてさ。可愛いなーってニヤニヤしてた。なんで俺この時、結衣の可愛さに気づかなかったんだ?って、昔の自分に憤慨してた」

「ふふっ、また3年前の自分に『苦言を呈する』ですか?」

「そう。この馬鹿者、目を覚ませ!って」

あはは!と私は思わず笑ってしまう。

「そしたら俺は、3年間ずっと結衣と一緒にいられたのに。毎日学校で会えたし、色んな行事も一緒に楽しめて、同じ気持ちを共有できたのにって」

確かにそうだなと、私も少し後悔の念に駆られた。

「だけどもしその時に俺達が接触してても、つき合うことにはならなかったかもしれない。あの時、進路を考える時期に結衣と一緒に時間を過ごしたから、俺は結衣の人柄に惹かれたんだ。恋愛なんて全く興味がなくて、誰かを好きになったことも、つき合いたいと思ったこともなかったけど、政府のヘンテコリンな政策のおかげで結衣とお試しデートすることになった。それが俺の運命だったんだなって。俺は出逢うべき時に出逢うべくして、結衣に逢えたんだ」

そう言うと工藤くんは私に笑顔を向ける。

「この先の時間は、ずっと結衣と一緒にいる。大人の女性になって、社会人になって、いつかお母さんになる結衣を、俺がどんな時もそばで支えて、必ずこの手で守っていく。この学校で結衣と出逢えた奇跡に、いつまでも感謝しながらね」

私は目を潤ませながら、工藤くんに頷いてみせた。

「私も一生感謝します。工藤くんと出逢えたこと。工藤くんが、私と一緒に時間を過ごしてくれたこと。私の甘い考えに気づかせてくれたこと。一緒に受験がんばろうって、励ましてくれたこと。あの時、階段の踊り場で、いつの間にかこんなにも大切な存在になっていたって言ってくれたこと」

制服の上からネックレスを握りしめて、言葉を続ける。

「今、高校生活を振り返って、こんなにも幸せな気持ちになれるのも工藤くんのおかげ。工藤くん、私と出逢ってくれて本当にありがとう」

「結衣…」

工藤くんは優しく私を抱き寄せた。

そして耳元でささやく。

「結衣、キスしていい?」

「ダメ!ここ学校だってば」

「分かってるよ。俺達が出逢った大切な場所だ」

「だけどダメ!」

「ちぇっ。結衣は真面目だな」

そう言って身体を離しながら、工藤くんはさり気なく私の頬にチュッとキスをした。

「あー!ダメって言ったのに!」

「こんなのキスに入るかよ。海外では単なる挨拶だ」

「でもここは日本なの!」

「ほっぺにチューなんて、今どき小学生でもしてるぞ?」

「してません!」

やれやれと肩をすくめて、工藤くんは立ち上がる。

「さてと。そろそろ帰ろっか」

「そうだね」

手を繋いで歩き出すと、工藤くんはまたしても私の耳元でささやいた。

「校門出たらキスな」

「はあー?!もう、工藤くん!」

あはは!と笑い出す工藤くんに、呆れながらもつられて笑ってしまい、私達は仲良く手を繋いだまま学校をあとにした。