「答辞

身が引き締まるような冬の澄んだ空気の中にも、徐々に柔らかな春の日差しが射し込み、梅の花が優しく香る今日の佳き日。
多くの皆様のご臨席を賜り、このように厳かで心温まる卒業式を挙行していただき、卒業生一同厚く御礼申し上げます。
僭越ではございますが、卒業生を代表し、今の心境を述べさせていただきます」

マイクに向かって、手にした原稿を読み上げていた工藤くんは、そこで原稿を台の上に置き、顔を上げた。

(…え?まさか!)

「三年前の春、私はまさにこの式場に新鮮な気持ちで足を踏み入れ、入学式に臨みました。その時の胸の内を、今でもはっきりと覚えております。『高校生活の三年間、実らせるも無駄にするも自分次第。必ず自分の信念を貫き、周りに流されず、将来を見据えて懸命に努力しよう』そう固く心に誓っておりました。今、私は、三年前の自分にこう言いたい。『思い上がるな。自分一人で生きていけるはずはない。そして高校生活の三年間に無駄な時間など、一瞬たりともないのだ』と」

原稿ではなく、今の気持ちを淀みなく語る工藤くんの言葉に、私は瞬きも忘れてただひたすら耳を傾ける。

「この学校で得られた私の一番の財産は、出逢いです。将来への不安を抱える自分を、力強く導いてくださった諸先生方。笑い合い、励まし合い、時にはぶつかり合いながらも、互いに切磋琢磨し、私に多くの刺激を与えてくれた友人。そして誰よりも近くで私を支え、どんな時も勇気づけてくれたかけがえのない人」

工藤くんは視線を動かし、真っ直ぐに私を見た。

遠く離れた私達は、お互いに見つめ合う。

「私一人では成し得なかった学校行事や取り組み、一人では味わえなかった感動と達成感、そして一人では掴めなかった将来の夢。全ては私に関わってくださった人達のおかげです。救われた言葉、差し伸べてもらった手、励まされた真っ直ぐな瞳。その一つ一つに私は心から感謝いたします。人生において最も多感で不安定な高校時代。悩んだり、苛立ったり、不安にさいなまれた時もありました。けれど振り返ってみると、どの瞬間も私にとって必要な時間だったのです。その一瞬一瞬がキラキラと輝く、大切な宝物になりました。この先の人生において、これほど輝きに満ちた時期は二度とこないかもしれません。それでも心の中にある私の財産が、この先の私を大きく支えてくれるでしょう。先程、三年前の自分に苦言を呈しましたが、一つだけ褒めてやりたい。『よくぞこの学校を選んだ』と。そして未来の自分に語りかけたい。『今でも高校生の頃の自分に恥じない生き方をしているか?』と。最後に…。今、この瞬間、この場にいる皆様に伝えたい。『私と出逢ってくれて、本当にありがとう』と」

いつの間にか私の目からとめどなく涙がこぼれ落ちていた。

思わず嗚咽を漏らしそうにそうになり、必死に胸元を掴んでこらえる。

そんな私を見て、工藤くんは優しく微笑んだ。

「今日、私達はここを巣立ち、新たな道へと歩み始めます。時には困難が待ち受け、落ち込むこともあるでしょう。そんな時は思い出してください。この学校で過ごした日々、出逢えた人達、輝いていた瞬間を。大丈夫、心の中にその財産がある限り、私達は乗り越えていけます。ほんの少しの将来への不安は、たくさんの人の笑顔を思い浮かべれば消えていくでしょう。卒業しても縁が切れる訳ではありません。先生方、友人、家族、そしてかけがえのない人。これからもずっと、私達はお互いの財産であり続けるのです。手は離れても心は繋ぎ、この先の人生も共に歩んでいきましょう。私達の未来が輝かしいものであることを願い、また、皆様への感謝の気持ちを重ねて申し上げ、私の答辞とさせていただきます。

卒業生 総代 3年2組 工藤 賢」