「わあ!工藤くん、やっぱりよく似合ってる!」

次の日。

待ち合わせの図書館に現れた工藤くんを見て、私は挨拶の言葉よりも先にそう言ってしまった。

工藤くんは、昨日のブルーのシャツを着ていたからだ。

「おはよう!早速着て来てくれたんだね」

「おはよう。なんか落ち着かないんだけど。ほんとにこれで大丈夫?」

「もちろん!私の見立てた通り、よくお似合いです」

「そうですか。ご期待に添えたようで、何よりです」

「あはは!」

どこまでも真面目を貫く工藤くんも、私の期待通りで笑ってしまう。

二人で談話スペースのいつものテーブルに着くと、工藤くんはカバンから参考書を取り出した。

「はい、これ。昨日言ってたやつ」

「ありがとう!本当に頂いてもいいの?」

「もちろん、どうぞ」

私はもう一度お礼を言うと、パラパラとめくってみた。

どのページもびっしりと書き込みがしてある。

「すごいねぇ。しっかり参考書を解き潰すって、こういうことを言うんだろうな。きっと隅から隅まで頭の中に入ってるんでしょ?工藤くんは、ただ頭がいい人なんじゃない。誰よりも努力して、知識を身につけた人なんだね」

そう呟いてから顔を上げると、工藤くんは顔を赤くして固まっていた。

「え?どうかした?」

「いや、別に」

そしてそそくさと、カバンから手帳を取り出す。

「あの…。昨日のオープンキャンパスの話の続きなんだけど」

「うん。なに?」

「俺、決めた。医学部に絞って受験する」

えっ!と私は息を呑んだ。

「すごい!決めたんだね、医学部への道。工藤くんなら絶対に受かるよ。私、誰よりも応援するから」

「ありがとう。だからオープンキャンパスも、ごめん。樋口と同じところは回らない」

「うん、分かった。もちろんそれでいいよ」

「でも、できるだけつき添って一緒に行くよ」

「え、いいよ。工藤くんに関係のないところばっかりだよ?」

「いや、色々見ておくのは参考になるから。それよりも、樋口に聞きたいことがあって」

「なに?」

「ああ。昨日樋口が挙げた大学は、全部滑り止めだろ?本命はどこ?差し支えなければ教えて欲しい」

ん?と、私は首をひねる。

「昨日伝えた大学、滑り止めなんかじゃないよ。この中から選ぼうと思ってる」

「え、嘘だろ?樋口なら余裕で受かる大学ばっかりじゃないか」

「まさか、そんな。それに私、指定校推薦で決めようと思ってるの」

ええー?!と、工藤くんは更に驚く。

「樋口なら、国公立の上位校目指すとばかり思ってた」

「いやいや。私、数学苦手だしさ。指定校推薦でこの辺りの大学、どこかに行ければそれで充分満足なんだ」

工藤くんは、納得いかないとばかりに腕を組む。

心なしかムッとしているようにも見えた。

「樋口のこと、なんかちょっと見損なった」

「…は?なに、急に」

「だって俺、昨日の樋口の言葉を聞いて腹くくったんだ。よしって気合い入れ直して、医学部受験しようって覚悟決めた。樋口がすごくかっこよく思えてさ。負けてたまるかって焚きつけられた。なのに樋口は、自分には激甘なんだな」

「はあー?なんで工藤くんにそんなこと言われなきゃいけないのよ?」

「知るかよ。最初にふっかけたのはそっちだろ?」

「ふっかけてなんかない!勝手に決めないで」

「ああ分かったよ!勝手に俺が勘違いして、お前の言葉に感銘受けたりなんかして、悪かったな!」

「何その言い方。もういい!」

私は参考書とカバンを手に、勢い良く立ち上がる。

ちらりと視線を向けると、工藤くんは唇を引き結んでうつむいていた。

切れ長の目元と爽やかな髪型の工藤くんは、ブルーのシャツがよく似合っていてかっこいい。

そんなことを考えてしまった自分に腹が立ち、私は急いでその場を去った。