少し休憩したくて非常階段のところへ行くと、下の階で声がした。
 しかも聞き慣れた声。さらに耳を澄ませば、その声が早智だと認識できた。

「……――のなら、離してください!」

 しかも言い争っていることに気づいた僕は、すぐに駆け下りた。が、次の瞬間、物凄い音が鳴り響く。

 まさか……早智が? いや、音だけじゃ分からない。早智でない可能性だってあり得る。
 しかしどちらにしても、早智のピンチであることには変わらない。そう、相手に怪我を負わせたのであれば。

 そうだ。動揺している場合じゃない。急いで行かなければ……。

 けれど状況は、いつも必要としていない時に限って、予想通りに動いてしまう。

「早智?」
「ふ、副社長……こ、これは、その……」

 下の踊り場で倒れている早智と、僕の近くで座り込んでいる笠木の姿があった。

 どうやら腰を抜かして動けないらしい。それはそれで好都合だった。逃げられたら困るのだ。

「宇佐美」
「はい」

 どこにいたのか分からないが、呼ぶと黒いスーツを着た宇佐美が現れた。SPも兼ねているため、常に僕の傍にいるらしい。
 けれどこの時ほど、僕よりも早智を守ってほしかったと願わざるを得なかった。が、今はそんなことを言っている場合ではない。

 早智の安否確認も必要だが、宇佐美にはやってもらいたいことがあったからだ。僕は両手を強く握り締め、必要なことを命じた。