「高野辺? どうした、大丈夫か?」

 あまりの気持ち悪さに、私は持っていた鞄を離してしまう。それなのに、鞄が地面に落ちた音が聞こえない。
 雪くんが心配そうな顔で覗き込むが、それすら霞んで見えてしまう。口元も僅かに動いているのが分かるが、何を言っているのか。もう、私の耳には届かなかった。

 どうして私を放っておいてくれないの?
 私はただ、普通でいたいのに。
 普通に……普通に……。

「皆と同じ……普通に……」

 都内にいる私はただの高野辺早智。地主であり、旧家でもある、由緒正しい高野辺家の三女じゃない。
 皆と同じ、会社に通う一社員だ。

「うん、知っている。高野辺がずっとそれを望んでいたことは。でも孤児のままだと、誰かに取られるから。だから許してほしい」

 意識が途絶える瞬間、腕を強く引っ張られて私はそのまま雪くんの方へと倒れ込む。
 力強い腕に抱き締められていることも、横抱きにされることも、私は知らず。勿論、意識を失っているのだから抵抗すらも。

 運転席から男性が下りて来て、後部座席のドアを開ける。雪くんはそのまま、私を横抱きにしたまま中へ。

「今後のことは僕がすべて処理をするから……だから今はゆっくり……」