「はあ〜」
深く息を吸った後に、思いっきり息を吐く。
今日は、文化祭本番だ。
文化祭は2日間をかけて行われる。
今日はその1日目なのだが、私は既に明日は動けないんじゃないかという程には疲れ切っていた。

本当は裏方でたこ焼きを作るだけだったのに、接客の子が2人も欠席してしまい、私が代わりを任せられたのだった。
圧倒的コミュ障なのにも関わらず、多くの人と話したことで精神、体ともに疲れ切っていた。
今はたこ焼きの材料が切れてしまったので、私がスーパーへと買い出しに来ていた。

「なんか、良いように使われている気がする。」
誰もいないことをいい事に、小さく呟く。
私はクラスメイトからしたらいい駒だ。
反論する技術も自信も持ち合わせていないから、何かを押し付けるには丁度いい。
うちのクラスは仲良しが取り柄だが、その取り柄の中に含まれていない私は、仲間という認識を持たれていない。

明日はお客さんも減るだろうから、今日よりかは楽になるだろう。
因みに、家族は明日来ることになっている。
こんな惨めな姿を家族には見せたくなかったので、今日は明日の為に頑張ることにした。
両手に3つの大きなビニール袋を抱え、暑苦しい陽の光を浴びながら歩く私は、さぞ滑稽だろう。
四肢という四肢が震え、もぎれそうだった。

「ふあー。ちょっと休憩。」
自分用に買った飲み物をベンチの上で飲むことにする。
白いベンチは緑の草に囲まれ、清潔に保たれていた。
荷物を横に置くと、一気に両手が自由になり、もう袋を持ちたくなくなっていた。
買ったばかりのジュースはまだ冷えていて、その垂れる水滴の1粒1粒に感謝したくなった。
汗を流す額の上にペットボトルを当てながら深く腰を預ける。
透明なラムネ瓶は、太陽をキラキラと反射させていた。
懐かしくなって、咄嗟に買ってしまったが、そういえば開ける時のことを考えていなかった。
私は今まで、シャンメリーやラムネの開封に成功した試しがない。

「スカートに零したらどうしよう。」
体育着で文化祭を過ごすのは、流石に悲しい。
躊躇しながら唸っていると、目の前からチカチカと眩しい太陽が近ずいてきた。
その正体は村上だった。
明るい金髪が目に痛い。全身に纏うキラキラさえ、私には強かった。

「川野。それ開けれるの?」
片手に軽そうな袋を1個持っただけの村上は、私が膝の上で両手で包み込むように握りしめているラムネを指した。
「ちょっとヤバそうです。」
素直に告げると、彼は有無を言わさずヒョイっとラムネ瓶を取り上げてしまった。
「俺こういうの得意だから、任せて。」
ハンカチ持ってる?と聞かれたので、ポケットからハンカチを1枚取り出す。
彼もズボンから1枚ハンカチを取り出し、2枚になったハンカチを使ってラムネ瓶の蓋を上手に空けた。
キュポッ
「ほれ。全く零れてないだろ?」
彼は机の上でやってもいなく、空中でラムネ瓶の蓋を開けて見せた。
その事実に少し驚きながら、慎重にラムネを受け取った。
シュワシュワと輝く透明な液体を、一気に喉に流し込んだ。
プハァッと瓶から口を離し、一気に空気を吸う。
今までの暑さが嘘かのように、体の中からジワジワと冷たさが染み込んできた。
久しぶりに飲んだラムネは、甘い砂糖が溶けていて、いつの歳になっても、それが不快感を与えることは無かった。
小さい頃に、お祭りの屋台で必ず買っていたことを思い出して、懐かしくなった。
その美味しさに感動しながら、一気に飲み進んでいくと、いつの間にか透明な瓶とビー玉だけが残っていた。

「貸して。」
村上に瓶をせがまれたので、素直に中身のなくなったラムネ瓶を渡すと、中身のビー玉を器用に取り出した。
「えっ!すごっ!」
「だろっ。俺、これ出すのもプロなんだよ。」
はいっとビー玉を手の上に乗せられる。
陽が反射して、キラキラと眩く煌めくビー玉は、どこまでも青く澄んでいた。
その輝きは、村上と何処か似ていた。
「知ってるか?ラムネの球はビー玉じゃなくて、エー玉っていうんだ。」
「え、なにそれ。初耳」
いつの間にか敬語が崩れていることに気がつき、少し可笑しくなった。
「村上は凄いね。誰でも笑わせられて。」
空になった瓶を擦りながら言うと、少しだけ村上の顔がくぐもった気がした。
「、、、、そろそろ行くか。」
重い3つの袋のうち、2つも村上は持ってくれた。
「悪いよ。私の荷物だから、私が2つ持つ。」
空いている方の手を差し伸べると、重たい袋の代わりに、村上が買った軽い袋が手渡された。
「お前はそっち持ってろ。」
そこで、彼は怖いんじゃなくて、ただ不器用な優しさを照れ隠ししているだけなのだと気がついた。
今まで村上に対して感じていた、何処か遠い雰囲気が、一気に近くなったような気がした。
私も、あまり人に進んで気持ちを伝えられるような性格じゃないから。
いつも無愛想だと言われ、自分でも最近、表情筋が死んでいるのではないかと思うほどに表に感情を大きく出していなかった。
私が笑わないから、人はどんどん散っていき、私だけ蕾のまま取り残された。
花開いた周りは、既に違う遠い何処かへ飛んでいってしまっている。
だから、人といるのはあまり安心できなかった。
でも、村上とは何も言わなくても安心できる、心地よい空間がいつの間にか作り上げられていた。
これも、彼の周りに人が集まる理由なのだろうか。
「村上は、やっぱ凄いや。」
試しに褒めてみると、彼はまたしも照れくさそうにはしたが、それを言葉には出さなかった。
ところで、私の今の言葉が本心だということは伝わっているだろうか。