「ねえお姉ちゃん。俺も文化祭行きたい。」
家でスマホを触りながら、土曜日という休日をまったりと過している中に、急に割って入ってきた不届き者がいた。
「え、文化祭来るの?お姉ちゃんその日あまり裕太と話せないよ?」
私の弟である裕太がソファの上でジャンプしながらせがんできた。
裕太はまだ小学3年生で、少し不安なところもある。
まだお留守番も、1人でお使いにも行ったことがない。

私は椅子から立ち上がり、裕太の元へ行く。
もう飛び跳ねるのを辞めて、大人しくちょこんと座っていた裕太の肩に手を乗せた。
「迷子にならないなら連れて行ってあげる。でも、お母さんと一緒に行くんだよ?」
私がそう言うと、裕太は大人しく頷いた。

もう7月の中旬だ。あと少しで夏休みという中で、学校では文化祭の準備が着々と進んでいた。
私はいつも通り端っこの方で黙々と準備を手伝っているのだが、お世辞にも楽しそうではなかった。
この様子を村上が見たら、可哀想と思うのだろうか。


今、私は大きなダンボールの箱を持って階段を降りていた。
先生から頼まれた部品を持って行っているのだ。
私のクラスの出し物はたこ焼き屋さん。その道具が届いたので、たまたま廊下にいた私が任された。
しかし、たこ焼き機が3つも入っているダンボールはとてつもなく重かった。
階段を踏み外してしまうのでは無いかと、ヒヤヒヤしながら階段を降りていく。
手に汗が滲み、足取りもふらついてきた頃、階段の踊り場にある数字のプレートを見ると、2分の3と分数で表されていた。
私の教室は2階なので、あと少しの辛抱ということだ。
一旦落ち着いてから行こう。
「ふぅ。ってうわぁ!」
床にダンボールを置こうとすると、誤って足がもつれてしまい、前へと体が押された。
階段の1番上から、ダンボールごと階段から落ちそうになる。
もう駄目だ。
足を折る覚悟で目をつぶる。しかし、何秒経っても痛みが体を駆け巡ることはなかった。

目を開くと、私の横には村上がいた。
慌てた顔で私を抑えている。
「あっぶな」
混乱する頭の中、彼が助けてくれた事だけはわかった。
「お前、ダンボール落ちたけど大丈夫か?」
彼は優しいが、気遣うところはおかしかった。
普通、落ちそうになった女の子よりもダンボールを気にする様な発言は控えた方がいいと思う。
彼が私のことを心配していることはわかるが、今の一言で随分と冷めてしまった。
「あ、ありがとうございました。ではこれで」
冷めた気持ちをこれ以上冷やさないようにそそくさと去ろうとする。
「あ、まって!」
彼がいきなり大きな声を出してびっくりしてしまった。
危うくまた持ち直したダンボールを落とすところだった。
「重そうだから、俺が持つ。」
もう決定事項のように彼がいい、よいしょっとダンボールを軽々と持ち上げてしまった。
力持ちなのだろうか。まさか喧嘩で鍛えてるとかではないよね?
「川野さんて、確かB組だよね。」
「あ、はい。」
「B組の吉野がさ、前俺の家に凸って来て、何かと思ったら『モテる方法教えて』って危機迫った感じで言ってきたんだよ。」
「えっ。吉野くんって彼女欲しかったんだ。」
そんな世間話をしながら歩いた短い廊下が、もっと短く感じた。
「じゃあ、俺はこれで。」
教室の前でダンボールを受け取ると、彼は自分の教室へスタコラサッサと歩いていってしまった。
「あ、お礼言ってない。」
暫く呆然と立ち尽くしていると、まあいいかという気持ちになってきた。
どうせ、また会う。