「あ、これ、傘と駅で買ったお菓子です。甘いの嫌いだったらまた別のものを持ってくるので。」
昇降口に着き、彼を待っていると、彼は私よりも10分ほど遅れてやってきた。
謝ることも無く、言われるがまま着いてきたら裏庭にいた。
話を聞く限り、ここにはあまり人が来ないらしい。
私に気を使ってくれているのだろうか。
そんな小さな配慮が、私の心を少しだけ温めた。

緊張しながら彼にお菓子と傘を渡すと、すぐにお菓子の包装紙を破り出した。
床に捨てられ踏みつけられでもするのだろうかと思っていると、律儀に端っこから中の饅頭を取り出した。
彼が普通にモグモグと饅頭を食べていくのを見て、少しだけ緊張がほぐれた。

自然を象徴する木が木漏れ日を落とす。
その木漏れ日が彼の髪に反射し、キラキラと白く輝いていた。
彼の金髪は、とても綺麗だ。
髪は傷んでいる様子もなく、とても綺麗に施されている。
艶のある髪を見ていると、彼の手がこちらにグッと向けられた。
「お前も食ったら?」

どうしたらいいのだろう。
これはお礼だ。私はもう対価を貰っているのにも関わらず、それ以上を望むのは烏滸がましい。
そう頭でわかっていても、断ったら殴られるかもなどと物騒なことが頭をよぎる。

「頂きます。」
結局、私は饅頭を手にしていた。
薄い茶色い皮で包まれた餡は絶品だった。
こし餡派だが、この饅頭ならば粒あんも美味しく頂ける。
所々光沢を放った美しい小豆を甘くした塊を食べながら、彼の方をずっと向いていた。
私たちは今、裏庭のベンチに座って、仲良くお菓子を食べている。
仲良くと言っても、一言も喋らず、お互い饅頭にかぶりついているだけなのだが、それは気まずくなく、私にとってはむしろ心を休ませることの出来るセーブポイントのようなものだった。

「ところで、なんで川野は俺が饅頭好きだって知ってんの?」
急に話しかけられて、危うく饅頭の中身を零してしまうのころだった。
私が何となくで選んだお菓子が、彼の好きな物だったことも驚いたが、何より名前を知っていたことの方が驚きだった。
私は教室の隅っこでいつもチマチマと本を読んだりしているような性格だ。当然多くの人に認知されている訳でもない。
なのに、別クラスで人気者の彼が私の名前を知っていたことに、疑問が頭の中を跋扈した。

「あ、あの、私村上さんが饅頭好きだったとは知らなくて。本当にたまたまなんです。」
最後に小さい声で謝罪を付け加えると、沈黙が辺りを染めた。
さっきまでの和やかな空気などこへ飛んで行ったのか。
気まずい雰囲気を私と彼は放っていた。
「あと、なんで私の名前を知ってるんですか?」
聞かないでおこうと思っていたが、好奇心がそのまま喉を貫いて口から盛れ出していた。
なんでも興味本位で聞いてしまうのは、昔から家族に言われていた悪い癖だった。
「や、なんでもないです。」
「いや、俺お前のことよく見てたから。」
彼が勢いよく炭を吐き出すイカのごとくインパクトの濃いセリフを吐き出したので、若干口の中でモグついていた餡子がむせる。
「あ、今の言い方は言葉の綾で、たまたま見かけることも多かったから。ほら、川野何気に目立つし?」
「、、、目立つ、ですか」
頬にそっと指を添えてみる。
あまり顔に自信があるかと言われれば、悪く聞こえるかもだが十分にあった。
告白されたことはあるし、褒められたこともある。
ただ、彼に言われると浮き足立ったような気分になった。
「川野は普段、なんで1人なんだ?」
急にストレートに嫌なところを突かれて、思いっきりむせてしまった。
確かに、友達が全くいない私は彼から見たら新鮮なのだろう。
しかし、普通そんなこと言わないだろう。
急にむせ始めた私を心配しているのか、横で村上はオロオロしていた。
朝買っていた烏龍茶で喉を潤すと、やっと落ち着いた。

「あの、確かに私には友達がいないんですけど、それが少しコンプレックス的なところがあるので、あまり言わないでいただけると。」
「え、あ、そうだたった?ごめんね。無鉄砲に聞いて。次からは気をつける。」
少し距離感が掴めていない彼を、不思議に思った。
普段から多くの人に囲まれていて、コミュ障は有り得ないだろう。
なのにも関わらず、今の彼は距離感を弁えられない、少し話し下手な人だ。
もしかしたら、私との沈黙が気まずいのだろうか。
だとしたら、私はここに長いすべきでは無いだろう。

「あの、饅頭美味しかったです。ありがとうございました。じゃあ、私はこれで。」
彼が次に何かを言う前に、私は背中を向けて走り出した。
裏庭の草木は、太陽の光を浴びて、心地よさそうに揺れていた。
もうすぐで、本格的な夏がくるのだろうと、少し浮かれながらアスファルトに変わった地面を踏みしめた。