雨が降る中、傘を忘れた私はスマホとともに時を流していた。
溶けた時間は雨が綺麗に拭いとっていく。
スマホには親からのメッセージが表示されていた。
何かを打とうとするがまた消してしまう。
躊躇いが私の指先に募る。
学校の昇降口前で、私は無いも同然の透明な時間をゆっくりと消化していった。
私の上に影ができた。
上を覗いてみる。
私の隣にはいつの間にか、無気力に突っ立ちながらも私に向かって傘を差し伸べる彼の姿があった。
「、、、どうかしましたか?」
学校の有名人である彼に聞く。有名人といっても、悪い意味でだ。
金色に反射する短い髪に、乱した制服。顔も整っているせいで余計に悪目立ちする。
そんな彼、村上 翔太は優しかった。
ラムネの瓶に、カランッというかわいた音と共にビー玉が入った。
彼、村上翔太は私に傘を向けていた。
「これ。やるからさき帰れ」
彼の私の中のイメージと彼が発した言葉が一致しなかった。
てっきりヤンキーで怖い人と思っていた。
もしかしたら優しい人なのかもしれない。
「いえ。大丈夫です。」
そう言うが、彼は不満そうな顔だ。
私だって不満だ。
話したこともない人に傘を貸してもらって罪悪感が残らない人が居るとは思わない。
その後も頑なに断り続けていると、私の手に傘の取ってを挟んで彼の手が重なった。
そのまま彼は私の手に無理やり傘を持たせ、どこかへ走り去ってしまった。
ずぶ濡れの彼を見ていると、悪い事をした様な気分になった。
、、、傘、いつ返そう。
翌日。学校への道を歩く足が重かった。1歩1歩が苦痛の足跡を残していく。
彼、、、村上にはどうやって会おうか。流石に返さないというのは無いだろう。
しばらく頭の中で考えを泳がせていると、いつの間にか学校の目の前まで来ていた。
私の右手にはしっかりとビニール傘が握られている。
ビニール傘にはジバニャンのキーホルダーが付いていた。
ジバニャンのおデコであろう場所には皺が三本寄っていた。
ジバニャンの表情はまさに今の私の気持ちと比例していた。
結果、放課後まで会うことは無かった。
私は1-Bで、彼は1-Fだ。すれ違うことすら稀。
どうしようも無く私の中には不満と苛立ちのジュースが注がれていった。
もう今日は帰ってしまおう。そう思い足を動かした時、向かい側から村上が来た。
ここで1人ならば良かったのに。その隣には3人ほどの大柄な男子生徒がくっついていた。
話しかけずらい。私が今あの輪の中に入った暁にはアリのようにめっためたに踏み潰されることだろう。
怖気付いている間に、あちらもこちらの事に気がついたらしい。
村上がわざわざ他の人たちに断りを入れてからこちらに駆け寄ってくる。
今は下校時間だ。しかも部活も委員会もない日。
つまり人通りが多いというわけだ。
ただでさえ友達のいない私と、不良気質な彼が一緒にいれば何かしらの噂がたつかもしれない。
そんな私の心配も他所に、村上は私の目の前にいた。
丁度通りかかった人が私たちのことを指さしていた。
だめだ。もう目立ってしまっている。時すでに遅し。
「で、何か用?」
彼が昨日の優しさは嘘かのように冷たく接してきたので少しばかり驚いてしまったが、私にとっては好都合だ。
まず、会ったばかりの人間に馴れ馴れしく傘を渡すのがおかしいのだ。
「あっ。傘の返却とお菓子を持ってきました。」
鞄の中から持ってきた折菓子をチラつかせる。
昨日駅で安いのを買っといたのだが、彼は甘いのが食べれるのだろうか。
「あー。昇降口で話すよ。後できて。」
先程まで村上と話していた人達から熱い視線が送られてきていて、居てもたったもいられなかった。
まるで『 俺たちの村上を返せ』と言っているようだ。
私は頭を小さく下げ、そのまま早足気味に昇降口へと向かった。