「…男の子の自分が好きじゃなくて、でも女の子になりたいわけじゃない」


私、何も知らなかった。


知った気でいるようで知らなかった。
 
勝手に知った気でいたんだ。


「だけど女の子の格好はしたくてだから制服だって普段だって女の子の服を着てる…本当は男の子なのに」


震えてる、手だけじゃない体も声も。

「自分でもわからないんだよ」

まるで吐き出すみたいに声を荒げた。

「変だよねこんなの…っ、おかしいよね…」

「さっちゃんっ」

「男の子なのに女の子の格好がしたいなんてっ」

「そんなこと…!」


次の言葉はなんて言えばよかったのかな。

さっちゃんの瞳から涙が溢れてた。


「ボクって一体何なんだろうね」


ぽろぽろこぼれる涙を腕で拭いて、笑った。

私を見て、また笑いたくない笑顔で。


「男のくせに女の子の格好してるなんて気持ち悪いよね」


私がそんな顔、させちゃった。


「あゆむんも嫌いになったでしょ」

「ううん、全然っ」

ふるふると首を左右に振った、だけど見てなかったと思う視線を下に向けたから。

「…ごめん、今あゆむんと一緒にいたくないから」

スッと目を伏せて、私に背を向けるようにして走って行ってしまった。

「さっちゃん…っ!」


全然そんなことないよって、言うつもりだった。

だけど振り絞るようなか細い声を聞いてしまったから、何も届かないような気がして言えなかった。


渡り廊下を駆けてゆくさっちゃんを追いかけられなかった。

追いかけてもいいのかわからなくて、追いかける勇気もなくて…


ただ吹き抜ける風の中走っていく背中を見ていることしかできなくて。


私の方が嫌われちゃったの?

私のこと嫌いになっちゃったの…?