───兄が、【あの世界】で無事に一生を終え、幸せに暮らせていけたならと思った。

だがそれは、百合子の勝手な願いであって、兄の望みとは違うかもしれない。

たとえ結末が変えられたとしても、百合子のなかには『小百合』としての記憶が残っているのだ。
罪が、消えた訳ではない。

「……死を背負って生きること。それが私の償いだ」

思わず口をついた、独りごと。

「百合……」

この近距離で聞こえないはずもなく、コクコは驚いたように百合子を見た。
そして───。

「ならば、百合が背負うものは、わしも共に背負おう」

言って、抱き寄せられた身体は、心地よい束縛とぬくもりにつつまれた。

「……百合は泣き顔も美しいのう……」

吐息まじりに告げられた言葉に、百合子は自分の頬を伝ったものに気づく。
コクコの指が百合子の髪をいたわるようになでた。

「わしは、果報者じゃ。百合を真実(ほんとう)の“花嫁”に迎えられるとは」

声に含まれる幸せな響きに、百合子は面映(おもは)ゆさを感じながら、濡れた頬をコクコの肩口に押しつける。
これだけは言わねばと、口をひらいた。