(私は、彼のことをほとんど何も知らない)

そもそも、なぜ自分が“召喚”されたのかさえ、いまだ納得がいかない。

(だが)

知ってしまったこともある。

(彼が、独りで背負うものを)

百合子は、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、兄の最期の姿とコクという少年の横顔。

(私は、欲張りだったんだな……)

自嘲(じちょう)ぎみに笑いながら、百合子は自らを傍観者だと名乗る青年に目を向けて問う。

「私は兄上の命を救い、あのコクという少年の助けになってやりたい。どうすればいい?」

ふたつにひとつの道などと、そんな単純な選択はできなかった。
自分の心が進む道を決めるというのなら、最善の方法を取りたいと思うのは当然だ。

「我にそれを尋ねるか」
「あなたが言ったことだ。
私の心が進む道を決め、そしてあなたは未来のことも見届けられるのだろう?」

たたみかけるように問いかけると、ふむ、と、青年はうなずき返した。

「──汝の願いは、しかと受け取った。我の答えは、こうじゃ」

杖の先が、『小百合』のいた世界を突いた。水面に波紋が広がるように、景色がゆがむ。