覚醒したはずの百合子の視界は、真っ暗で何も見えないにもかかわらず、己の身体だけは目に映るという不可解さであった。

この感覚には覚えがある───“陽ノ元”に召喚され、コクと初めて会った時と同じ。
いきなり、別の次元と空間に、落とされたとでもいえばよいのか。

「コク、いるのか?」

探るように闇向こうを見やったが、やはり何も見えない。
天も地も、漆黒に染まった世界。

(私は、夢を見ているのか……?)

覚醒前の記憶は、犬耳の“眷属”とのやり取りの最中、激しい頭痛に襲われたこと。

ところどころ抜け落ちていた記憶はいま、百合子のなかによみがえっていた。

───優しく聡明なはずの兄の凶行も、家族と婚約者の無惨な姿も。

「……っ……」

百合子は吐き気を覚えたが、それを押し止め、もう一度あたりを見回した。

すると、小さな星の瞬きを思わす光が、ぽつんと存在していることに気づく。

導かれるように歩み寄ると、やがて光の粒は大きくなり、百合子の身をいつの間にかつつみこんでいた。

「───しばし邪魔をするぞ、黒い“花嫁”」

闇から光のなかに取りこまれたため、まぶしさに目がついていかない。
そんな百合子の耳に、威丈高な若い男の声が入ってきた。