黒虎を振り返る、黒髪をみずらに結った青年の瞳は閉じられていた。

その瞳の色が赤いこと、また、『力』を遣う時以外は開かれないことは、黒虎も知っている。

つまり、視力を失っているわけではないので、周囲の様子も話しかけてきた者の姿も、この青年には【()えて】いるのだ。

会うなり悪態をつかれることは承知の上。黒虎は、率直に自分の訪問理由を口にした。

此度(こたび)は仕様も無い悩みなどではなく、カカ様に願い奉りたきことあり、参った次第にございます」

───異世界から人を喚び、またその世界へと還す。
そんな力をもつ“神獣(かみ)”など、他に存在しない。
このヘビ神の“化身”である速男(はやお)だけだ。

「……ふん、願いと来たか。
どちらにせよ、面倒事には違いないではないか」

不愉快そうに鼻を鳴らし、速男はふたたび川面へと向き直った。

「まぁよい。我の気の変わらぬうちに申せ」
「はい」

うなずいて、黒い“神獣”は己の“花嫁”を元の世界へと還すための『力』を与えて欲しいと伝える。