猪子のふくふくとした片手が、自らの口もとを隠した。

「ホホホホホ。相変わらず、律儀なこと。“花嫁”を迎えても生真面目なところは一向に変わらぬと見える。
もう少し角がとれても良さそうなものですが……ひょっとして、未だ“花嫁”と通じてはおられぬのでは?」

じっと向けられる細い目には、からかうような色が含まれている。

“花嫁”との仲を案じる振りをして、その実、その方面に疎い黒虎の反応を見て面白がるつもりなのだろう。

「……っ……それは……」

そうと解ってはいても熱くなる頬と、二の句が継げなくなる自分に、ホホホとシシ神がふたたび笑ってみせた。

「───カカ様なら、いつものところにおられますよ」

気取った女の声音が告げる許しに、黒虎はようやく天空の宮を後にするのであった。





「我の側に寄るでない! とっとと現世に帰れ!」

天空の宮から、目と鼻の先にある川べり。
釣る気もないのに竿を持ち、釣り糸を垂らしている者が、背中で言った。

「……まだ何も申しておりませぬが」
「うるさい、こわっぱ。
(なんじ)が我の前に現れる時は、大っ概、しょーもない悩みを打ち明けにくる時ではないか!」