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神のあいだに人の世にいう親と子のしがらみはない。
誰其れの血を引くという言い方はするが、そこに【親子としての情】は介在しないからだ。
現に、自分の親神が常世で荒神の怒りに触れ滅されたと聞いた時も、特になんの感慨もわかなかったものだ。
───しかしながら、人の親のように我が身を縛る存在はいる。
燃え盛る炎のように結われた赤茶色の髪に、鋭く細い目。
ふくよかな肢体を押し込めるように身にまとう、白い小袖と緋袴。
巫女装束を着た中年女が、黒虎にとってのそれであった。
「これはこれは“下総ノ国”の黒いトラ神。しばらく見ぬ間に、また一段と男っぷりがあがったと見える」
常世と現世の中間に位置する“神獣ノ里”。
そこを統べるヘビ神が住まう天空の宮を護り、仕えるのが、このシシ神の“化身”・猪子であった。
「…………猪子殿は、お変わりなく。
こちらは我が“下総ノ国”で獲れた幸。お納めくだされよ」
自分を含めた“神獣”たちが特別な存在として従わざるを得ないのが、その頂点に立つヘビ神と側女であるシシ神だ。