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「……気を失うほどに、この世界はおぬしにとって、疎ましいものであったのか……」

興奮し気絶してしまった、自らの“花嫁”として()ばれた存在。
元はこの世界の人間ではない彼女は、ヘビ神の力によって“召喚”された、異質な者だ。

時と空間と実在において【この世界のものだと証明できなければ】超自然的な力が働き消滅してしまう。
それを避けるために行うのが“契りの儀”と呼ばれるものだ。

この世界の“神獣”である自分が、彼女を自らの“花嫁”として認め、迎える儀式だった。しかし───。

「カカ様は“花嫁”となる者に“証”の場所を選ばせろと(おお)せであったが……さて。
この場合、いかがしたものかのう……」

溜息と共に、黒い“神獣”の“化身(けしん)”は立ち上がる───“化身”を解き、本来の姿に戻るために。

格子戸の外を見れば、月が傾き始めている。秋の夜は長くとも、時が経てば必ず陽はまたのぼる。
それまでに“契りの儀”を済ませなければ、彼女は消えてしまうのだ───この高潔な魂ごと。

「……おぬしの願いは、必ず叶えよう」

たとえ、ひとときだけの“花嫁”だとしても。
【自分をもたない自分が】初めて心を奪われた存在なのだから。