「……っ……」

声にならない声が、百合子ののどを鳴らす。思うように、息ができなかった。

おそろしいと感じた存在が、一瞬にして破壊された事実が、百合子の心を揺さぶった。

(私は、何を……考えていたのだ?)

救えない命を目の前にして、ただ、消えて欲しいと願った───己の、醜い心。
おぞましいと感じ、側に近寄ることすら拒んだ、臆病で卑しい心。

(……おぞましく、醜いのは、私自身ではないか……!)

百合子は胸中で、うめくように己を責めた。

「───これが、わしの“役割”じゃ」

ぽつりと聞こえた、少年の声。
まるで、思うようにならない自分に言い聞かすような、苦悩の響き。

百合子は、はっとして顔を上げた。

わずかにうかがい知れる横顔は、無表情にも見てとれる。しかし───。

「……っ」

思わず名を呼びかけ、駆け寄りたくなるほどの、哀しい瞳の色。

百合子は、自身の胸の痛みを忘れるほどに、彼に近づきたい衝動にかられた。

けれども次の瞬間には、少年の姿をした黒い“神獣”は、すでに百合子の視界のなかから消え失せていたのであった……。