「私が……何者か、だと……?」
「えぇ。
『破壊と死』を司どる“神獣”の“花嫁”なのだと申し上げても、すぐには信じられないのではありませぬか?」

ペロリ、と、自らの指先をなめ、美狗が薄く笑う。その爪は、野獣のように長く尖っていた。
百合子の胸に突き立てられた『刃』とはこの爪先だろう。

「しんじゅう……? 私が、その花嫁───」

言いかけた百合子の脳裏で、記憶の欠片がはじけ飛ぶ。

熱い痛みと、衝撃。黒い痕と、獣の爪。
コクの、正体とは───。

「コクが……その、神獣……なのか……?」

あの人懐こい目をした少年が、神の獣だという。にわかには信じがたいことだった。

「あの御姿は、仮のもの。
現世(うつしよ)で“役割”を果たすべく“化身”なされているだけにございます。
本来の御姿は、黒檀(こくたん)のような美しい毛並みをした虎神様」

ほうっ……と、美狗は恍惚(こうこつ)の表情を浮かべる。
コクの本当の姿を思い浮かべているのだろう。その顔が、ふいにくもった。