「……私は、熊佐という者を呼べと命じたはずだが?」
「はい。存じております。
しかしながら、熊佐を百合様にお引き合わせする前に、わたくしから申し上げたいことが、少々ございまして」

片手の甲を口もとにあて、しなをつくる女の年の頃は、二十代半ばくらいだろう。

百合子を敬う言葉遣いとは裏腹に、険のある言い方。

「なんだ、それは」

百合子は眉をひそめ、不遜(ふそん)に問い返す。
美狗という女の態度からは、自分に対する敵意が感じられたからだ。

「では、遠慮なく」

言った女の、仕立ての良さそうな小袖の両腕が、上がる。
見えない衣を頭から脱ぎ捨てるようなしぐさで、自らの髪に触れた。

「…………は?」

百合子は、目をみひらいた。

突然、女の頭に、犬の耳らしきモノが現れたからだ。
周囲の音を注意深く拾うかのように、ぴくぴくと動いている。

「……それは……なんだ……?」

いきなり女の頭に生えたモノの正体をいぶかり、百合子の頬がひきつった。
が、当人は至って平然と、その問いに応える。

「わたくしの耳にございます。
百合様の玲瓏(れいろう)なお声も、よく聞き取れましてございます」
「いや、違う、私が言いたいのは───」
「わたくしの話とは、まさにこの事実(こと)

ぴしゃりと、百合子の動揺を阻止して、犬耳の女が百合子を見据えてきた。
有無を言わせぬ、鋭い眼差し。