(顔も姿も思いだせないだけで、別人なのは感覚的なもので解っていた)

微笑みを浮かべ、「百合」と気安く呼びかけてきた少年。

かつて自分の『婚約者』であった者が、あんな風に自分に対し、親しみを感じさせることなど【なかった】。
……その事実だけは、不思議と百合子の記憶に刻まれていた。

(この『(あと)』も、いくら思い返しても、いつ付いたものなのかが分からない)

鏡に顔を寄せ、百合子は自らの首筋にある『黒い痕』を指先でなぞった。

まるで、獣が縄張りを主張する時に残す爪痕のような、三本の黒い筋。
こんな『あざ』が昔からあれば、あの体裁を気にする母が自分に何も言わないはずがない。

(私の身に、何かが起こったのだ)

───そして。

(あの『コク』という少年は、何者だ……)

百合子は自らの首を締めるように片手を押し当て、目を閉じた。

───はっきりさせなければ、ならなかった。