闇に溶けるように静かに。
すべるように素早く。
追いかけるは、白き“神獣”の“花嫁”として“召喚”されし者。

頭上に浮かぶ満月は、『儀式』を前に逃げだした十二三の少女の行く手を、煌々(こうこう)と照らしていた。
まるで逃亡を手助けするかのような月光は、しかしまた、追っ手である自分にも少女を捕らえるための味方となる。

「いやっ……来ないでっ……」

叫びながら、半狂乱で走る少女。
白い“神獣”の“化身”には心奪われたようだが、その本性である『猛獣』の出現には、得体の知れぬ恐怖を感じてしまったようだ。

(……まずいな)

この先は、崖。
だが、少女の足は止まる気配がない。

百合子(ゆりこ)は走る速度を上げ、一足飛びに立ちはだかろうとした。

「……っ!」

時すでに遅く、少女の身は絶叫と共に崖下に転がり、生い茂る枝をなぎ倒しながら落ちていく。
それを見届け、百合子は舌打ちした。

枝は緩衝材となるだろうが、岩に頭を打ちつけてしまえば、命は危ういだろう。
神籍(しんせき)”にあるとはいえ、自分の身体能力はそれほど高いわけではない。
崖下に回りこんでる間に、手遅れにならなければ良いが。