それで百合子が落胆していると、なんと翌日には『湯殿』ができていた───コクが彼の『眷属』の力を借り、百合子から聞いた風呂の詳細をもとに造ってくれたらしい。

(まるで『おとぎ話』の世界だ。文明に乗り遅れてるようで、財力と技術はあるらしい)

百合子は不思議に思うよりも、『コクの家の力』に感心することで、自身の疑問をなおざりにした。
……記憶の喪失だけでも、思考は手一杯だったからである。

(ひのき)で造られた風呂桶は、人ひとりが楽に足を伸ばし、くつろぐことのできる広さだ。

これだけ大量の湯を沸かすのは大変だろうと菫をねぎらったが、
「いえ、私ではなく、熊佐(くまざ)が湯を『調達』してきております」
とのことだった。

調達という言い方は何やら解せないが、『この地方』での言い回しなのかもしれないと、百合子は自分を納得させた。

(そもそも私は、熊佐なる使用人と、顔を合わせたことがないからな)

詳しいことを聞きたくとも聞けずにいる。

この屋敷で目覚めてから一週間。
他にも使用人がいるようだが、百合子は彼らの気配しか、感じたことがないのだ。