邸の使用人たちはみな自分より年上だったため、百合子は妹のような年齢の少女の扱いに、いささか困っていた。

「菫、もう下がっていい───」

言いかけた百合子の声に重なって、玄関のほうで戸の開閉音がした。コクが戻ったのだろう。
そう思って、百合子はコクを出迎えるべく足早に玄関口へと向かった。

「百合」

自分の姿を認め、コクが嬉しそうに微笑む。

気取らない笑顔はほんの一瞬、百合子の心をなごませた。
が、すぐに彼の短い黒髪から滴がポタポタと落ちているのに気づき、眉を寄せる。

「なんだ? 雨にでも打たれたのか?」
「いや、これは───」
「……身体が冷たい。先に温まるといい」

思わず触れて確かめたコクの腕をつかみ、強引に湯殿に向かわせようとする。

「あー、百合。わしは湯は好まぬ。
第一、どうして良いのかも分からぬしじゃな……」
「つべこべ言わず、来い。濡れたままでは風邪をひくだろう」

『こちら』では湯に浸かる習慣がないというのは、最初に菫に聞いた。
そもそも『風呂場』すらないことも。