ささやく言葉を獣が理解するはずもない。興味を失ったかのように、黒い獣が小百合の側から去っていった。

「は……」

力ない笑いが、口から漏れる。

月明かりが斜めに差し込んできて、小百合の頬を照らしていた。泣きたくなるほどの、優しい光だった。

何もかもから逃れるように目を閉じかけた、瞬間。

小百合のあごから首にかけての辺りに、何かが落ちてきた。軽い、布地のような肌触り。
次いで、熱い衝撃が、首筋に走る───!

「……っ……」
『これで望み通り、人間(ひと)としてのおぬしは死んだ。
───いまこの瞬間(とき)から、黒い“神獣”の“花嫁”としての生が、始まる』

それが良いことかどうかは、わしには分からぬ───。

独りごとのようなその声は、痛みと衝撃により意識が遠のいた小百合の脳内で、さびしげに響いたのだった……。


       *