次の週、塾が終わったあと半信半疑でファストフード店に入ってみたら、ほんとうに皆上くんが来ていた。
私を見つけたとたん、
「碧葉!」
なんて元気よく名前を呼んできて、そのまま相席することに。
「どうして皆上くんもここにいるの?」
友だちと遊んだ帰りとか?
皆上くんは、うーんと両手を上に伸ばして、
「実は、碧葉と似たような理由」
「え? じゃあ、塾の帰り?」
「ちがうよ。オレ、勉強キライだし。コンテンポラリーダンスのワークショップ参加してんの」
コンテン……? 聞きなれない言葉。
「中学のときから。開催時期はたびたび変わるけど、ずっと続けてるんだ。振付けとかが特に決まってなくて自由な表現で踊るの。昔から集団生活が苦手で、授業にも集中できなくて、学校行ってても怒られてばっかだから、どうしようかなって思ってたときにコンテンポラリーダンスに出会って。練習大変だけど、身体動かすの楽しいから毎晩ずっと踊ってる。そのかわり、教室ではひたすら寝てんだけどね」
と、皆上くんは苦笑する。
「そうだったんだ……」
「『居眠り王子』に、意外なところがあって驚いた?」
不意に胸のうちを読み取られて、顔が赤くなる。
「そ、そんなことはっ!」
「碧葉、こないだオレに話してくれただろ? だから、オレも打ち明けたくなったんだ。今まで誰かに教えたことのない、自分のこと」
と、皆上くんはコーラを口にした。
おかしいな。皆上くんとは毎日教室でいっしょにいるはずなのに、今私の目の前の皆上くんはまったくの別人みたい。今までに見たことのない表情をどんどん見せてくる。
学校とは別のところで会ってるから? 今が夜だから?
こうしてふたりで向き合って話すことなんて、今までなかったからかな?
そんなふうにグルグル頭を悩ませてたら、
「なんか、こういうのってデートみたいじゃない?」
って、皆上くんが口にしたものだから目が点になっちゃった。
冗談だよね、きっとからかわれてるんだ。
こうやって話すようになったんだってつい最近だよ?
それに私、まだ恋なんて一度もしたことないし。
それなのに、デートなんて、順番がちがいすぎるよ。
「そろそろ十時すぎるな。帰りのバスの時間、大丈夫?」
皆上くんに声をかけられて、ハッとわれに返る。
「そうだ、そろそろ出なくちゃ」
もう、そんなに経ってたんだ。時間のこと忘れちゃってた。
「じゃあ、バス停まで送ってくよ」
「ありがとう……」
やっぱり胸の奥がどこかさわがしくなってる。
だけど、それがなんなのかうまく説明がつかない。
分からない。分からない。今日の私はどこかおかしい。
さっきまで、何時間も、たくさん勉強してきたはずなのに。
「皆上くんはすごいよね、もう自分のやりたいことが見つかってて」
バス停までの道を歩きながら、私はポツリとつぶやいた。
「碧葉だって、医学部進学って目標があるじゃん」
「だけど、それは、半分は両親に言われてのことだから……」
正直、迷うこともある。
一生けん命勉強してるのは、ほんとうに自分の意志なのかなって。
親の期待に応えたいだけじゃないかなって。
まっすぐに自分のやりたいことに向かって行く皆上くんのほうが、私なんかよりもよっぽど――。
「だけどオレ、碧葉みたいになれたらな、って思ってた時期あったけどな」
えぇっ!?
予想もしてなかった言葉に、すっかり面食らってしまった。
皆上くんが私みたいに???
「ぜってームリだから、早々にあきらめたけど。碧葉はすごいじゃん、いっつもクラス委員長としてクラスのいろんな行事まとめたり、授業中もマジメに先生の話聞いてるし」
「でも、マジメってあんまりイメージよくないよね?」
ダサいって言われたり、ガリベンだってバカにされたり、マイナスなことも多いんだけど……。
少し凹み気味の私に、皆上くんはニッと目を細めて、
「でも、オレはそんな碧葉にあこがれてるけどね。たまに居眠りから目が覚めると、しっかり黒板に向かってる碧葉の姿見るのが好きだったんだ」
「皆上くん……」
たどり着いたバス停にはまだバスが来る気配がない。
暗闇のなか、オレンジ色の街灯だけがポツンと光ってる。
「まだ来ないな。そうだ。待ってるあいだに、ちょっとオレのダンスでも見てく? 街灯がちょうどスポットライト代わりになるし。碧葉がオレの最初の観客になってくれたらうれしい」
茶目っ気たっぷりに笑う皆上くん。
その笑顔に誘われて、私はついうなずいた。
皆上くんは夜風に身をまかせ、両手を大きく広げる。
少しくすんだオレンジ色の街灯に照らされた皆上くんの身のこなしはとっても軽やかで、やっぱりいつもの皆上くんとはちがう。
言いかたはちょっと大げさだけど、まるで突然あらわれた精霊みたいで、なんだか心が大きく揺れた。
なんだろう、この気持ち。
うまく言葉にできないけど、どんどん身体じゅうにあふれてくる。
だんだんバスの音が近づいてきた。
「お、やって来たか」
皆上くんは踊るのをやめると、私に軽く頭を下げてその場から離れようとした。
「皆上くん……」
心臓がドキドキしてる。
どうしたんだろう、私。
バスに乗らなくちゃいけないのに。
「待って!」
つい、皆上くんを呼び止めた。
バスはそのままバス停を通過していく。
だけど、今はそんなことどうでもよかった。
「どうした?」
皆上くんが足を止めて、私にふり返る。
「自分でもよく分からないの。どんどん気持ちがあふれてきて……だけど、それをどう伝えればいいのか、うまく言葉にできないんだ」
胸がいっぱいで、なんだかきゅうっとなって、どうしようもなくて――。
「頭のいい碧葉でも分からないことがあるんだ?」
ニヤニヤしながら歩み寄ってくる皆上くんに、私はついムキになって、
「そうだよ、こんな気持ちになったのなんてはじめてなんだから……!」
と、言い返したとたん。
ギュッ、と皆上くんに抱きしめられた。
「その答えを出すのは急がなくてもいいから。それまでじっくり頭を悩ませといてよ。碧葉からステキな正解聞くの、楽しみにしてる」
あたたかいぬくもりに包まれていると、自然に目には涙がにじんで。
ひとりでは分からなかった、今までは知らなかった感情がやさしい波のように押し寄せてくる。
あぁ、そっか……私、今まで大まちがいしてた。
ほんとうは、順番もなにもないんだ。
知り合ったばかりだとか、何回デートしたとか、そんなのは一切関係なくて。
理由なんてよく分からないけど、うまく伝えられないけど、今、こうして少しでも長くいっしょにいたいと、心の底から願ってる。
それが、恋のはじまりなんだ。