わたしのそばまで歩いてくると、「ほら」と言いながら、南条くんが右手を差し出してくれる。


「うん、ありがとう」
「ん、んー」

 わたしが南条くんの手につかまろうとしたとき、わたしをここまで案内してくれた女性の咳払いがすぐそばで聞こえた。


 ひぃっ。『坊ちゃまに触るなど、言語道断』っていう厳しい目で、わたしのことを睨んでる。


 ぴゅっと手を引っこめると、わたしは自力で立ち上がった。

 南条くんは、わたしに差し出したまま所在なさげにしていた右手をそのまま頭に持っていくと、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。


「あとは俺がやるから、古谷さんは先に戻ってて」

「かしこまりました」

 南条くんに向かって頭を下げると、古谷さんと呼ばれた女性は、お屋敷の裏手の方へと姿を消した。


 そのうしろ姿を見送ったあと、南条くんは、足元に伏せたままの大型犬の傍らにしゃがんで、黙って頭をなではじめた。


「……で、詩乃はなにしに来たわけ?」

 南条くんが、わたしの方を見もせずに言う。

「なにって……南条くんを迎えにきたんだよ」

「別に俺、なにも約束してないけど」

 まるですべてを拒絶するかのような言い方に、胸がぎゅっと苦しくなる。

「約束……してるよ。学校で、わたしが守るって」

「俺が行くと、みんなに迷惑がかかる。俺の問題に……学校のヤツらを巻き込みたくないんだよ」

 南条くんの顔が、苦しげにゆがんでいるように見える。