やばっ。怒ってる……。


「詩乃は、俺がその初恋の相手とすればいいと思ってるってこと?」

「そ、それは……」

 そうだと言うだけなのに、喉がつかえたようになぜか言葉が出てこない。

「……そーだな。そうするわ」

 そう言ったまま、南条くんが静かになる。


 はぁ、よかった。わたしから興味を失ってくれたみたいで。


 …………。


「あのっ……」

 南条くんに声をかけようとして、途中でやめる。

 外をぼーっと眺める南条くんの横顔が、なんだか少し寂しそうに見える。


 初恋の人のことを、思い出しているのかな。


『その人のことが、今でも好きなんですか?』

『どんな子なんですか?』

『どうしてどこの誰かもわからないんですか?』


 聞きたいことはたくさんあるのに、どれも聞いちゃいけない気がする。


 視線をさまよわせているうちに、座席の上についた南条くんの右手に、視線が向かう。


 ……恋人のフリ、なら……触ってもいい?


 いやでも、あんな微妙な空気になったばかりなのに、そんなことするのはやっぱりおかしいよね。

 っていうか、なんでこんな気持ちになっているのか、自分でもよくわからない。