「杉野さん、一日かけて、結局保留ですか? 杉野さんは営業企画部第一グループの主任ですよね。我々、広告代理店の競争が激しいことはご存知でしょう。もちろん年数だけなら僕の先輩ですから敬意は持っていますけどね」

 営業企画部部長の及川が冷たく笑う。恭子は出社してすぐ、部長室に呼ばれていた。

「おっしゃる通りです。申し訳ありません」
「顧客の立場に立った丁寧な仕事ですか? 分かりますよ。会長がおっしゃっていたことです。だが会社の考え方というのも、情勢の変化に合わせていかなければならない。これは社長がいつもおっしゃっていることですよ」

 恭子が信頼していた大橋社長は体を壊して息子に後を任せ、名目上は会長となった。新社長の吾郎は若手を抜擢して「スピード」と「売上」を重視。
 零細企業や個人事業主の仕事は「大して利益にもならない」と決めつけていた。そればかりか、今後はセーブするよう、営業企画部にハッキリそう呼びかけていた。会長の創立精神に反対の立場をとったのである。

「『スーパー・オギワラ』はあなたが見つけてきたんですよね。こんな零細企業の広告を引き受け、どれだけわが社が利益を上げられるのか、私も興味深く見守ってますよ」
「はい」

 及川部長の心の声が恭子にはハッキリ聞こえてきた。

(勤続年数が長ければいいというもんじゃない。主任として不適格だと言われないようにしろよ)

 恭子が挨拶をして出ていくと、別のドアから大橋社長が入って来た。四十代後半。仕事の手腕は確かで、会社を大きくすることを最大目標にしている。

「まだ居座るつもりか、あの女」
「結婚でもして早く辞めて欲しいですなあ。確か十二月には三十歳か。年齢も年齢ですし……」
「部下の人気もない女じゃ絶対ムリだな。好きになってくれるのは、女なら誰でもいいジジイくらいだろう」

 大橋社長は机の上の報告書に目を落とした。

「『スーパー・オギワラ』か。いつもゴミ箱のゴミしか持ってこない。こんなところ、サッサとつぶれちまえばいいんだよ。中小零細の依頼を受け付けるなというオレの方針に反対する気か」
「社長の権限で何とか……」
「親父のお気に入りだったからなあ。親父でも反対できないような理由、何とか見つけてくれないか」

 大橋社長は及川部長の机に高級ウィスキーのボトルを二本置いた。

「松山にも一本渡しといてくれ」