駅が前方に見えてくる。ふたりは並んで歩きだす。健士が緊張した表情に変わる。こういうときは大抵、恭子に何か話しかけてくる前ぶれなんだ。

「あの、杉野さんって、とってもステキなファッションでよすね。僕って、まぶしくなっちゃいます」

 かすれた声が聞こえてきた。これは喜ぶべきなんだろうか?

「ありがとうございます。ただね」

 恭子はわざわざ言わない方がいいだろうかとひとり悩む。けれども黙っていれば、将来健士は同じ過ちを犯し、場合によっては取り返しのつかない結果になるかもしれない。恭子は心を引き締めて健士に説明する。

「この衣装、昨日(きのう)と同じなんだけれど」

 一瞬で、健士の頬が赤く染まる。そのまま健士の体がヘナヘナと崩れ落ちる。恭子はあわてて健士の体を支えた。健士の顔に目を向けると、目にいっぱい涙を浮かべている。恭子は決して、情けないなんて思わない。

(やっぱり言わなければよかった。嫌われただろうか? いつも私のこと、慕ってくれるいい子なのに……)

 土日以外、通勤の僅かな時間を一緒に過ごす年下の友だち。恭子は彼のことを、そう考えている。
 いつも恭子のことを絶賛、賞賛、最大限評価してくれるこの世でたったひとりの人間。

「でも、そのファッション、新しい髪型にピッタリです」

 一週間前、髪に少しウェーブをかけてみた。会社の誰もが無視! 
と、いうことはなかった。備品室から出ようとしたとき、廊下から第一グループの女性社員の声が聞こえてきた。

「おばさん、どうしたんだろう? あのウェーブ」
「おかしくなったんじゃない?」
「もしかして私たちに、何か言って欲しいんじゃない?」
「甘いんだって……」
「怖いからやめて欲しい」

 大声で笑い合う声。恭子はしばらく備品室に引きこもっていた。
 部下たちとは全く正反対。健士は優しすぎる。毎日、同じことしか言わないけれど、これは健士のせいなんかじゃない。
 
(魅力のない私なんかじゃ、同じことしか言えないよね。髪型のこと言うのは、これで六回目)